ライフ

時短営業中の飲み屋が馬キチたちの吹き溜まりに…札束が乱れ飛ぶ

シケた当たりじゃ満たされない…

 以前書いた記事では、狂ったように競馬に熱中する彼の姿を只々笑うばかりのわたしであったが、今では少しだけ気持ちがわかる。危険な兆候だ。 「あ。俺当たったわ」  奥の田中がぼそりと呟いた。表情が変わらないのでわかりにくい。当たったならもっとサンバとか踊って全身で喜びを表現してくれ。 「いくら?」  すぐさまマッチが聞いた。 「馬連だから30倍くらいだよ」 「そっか。そんなシケた当たりじゃもう満足できない身体なんだよ俺は……」  憎らしげに言って、マッチは手元のタブレットに視線を移して片耳にイヤホンを装着した。テレビで放送しないレースのパドック解説を見るために最近導入したiPadだ。熱の入り方が違う。食い入るように画面を見つめ、再び静まり返った。新聞を捲る音、グラスの氷が揺れる音、煙草に火を点ける音。普段ならば盛り上がりを要求するところだが、こんなご時世だから、かえって良いのではないかと思ったりする。レース中は騒ぐけど、みんな後ろのモニターに向かって叫んでるから飛沫も飛ばないし。 「よし、とりあえず賭けた」  マスターがスマホを置いて代わりにグラスを口へ運んだ。 「三連単?」 「いや、枠」 「え、枠なの? わたしはいつも通り三連複」 「今回はなんとなくね」  だべっていると、投票の終わったマッチがイヤホンを外して呆れたような目でわたしたちを見つめて溜め息を吐いた。 「オメーらそんなハナクソみてぇな賭け方してないで三連単でいけよ」 「やかましい! 三連複だって万馬券になる時もあるんだからね!」 「馬鹿言ってんじゃねぇよ。俺は確実に万馬券じゃないと嫌なんだよ! 万馬券年間100本以上が目標なんだよ!」  言って、マッチは梅干しサワーのグラスをどん、とテーブルに叩きつけた。廃人ここに極まれり、完全に目が据わっている。

大穴狙いか手堅く賭けるか

 競馬の賭け方というのは意外に各々の性格が出ていると思う。20倍~30倍を淡々と的中させていく田中はもテンションも淡々、当たるとデカいが負けてもデカいマッチは飲み方もテンションも振れ幅がデカい。決めた金額しか賭けようとせず三連複やワイドに逃げるわたしは意外とビビりで真面目、賭け方に統一性のないマスターは本人もそのままカオス、そして、時にマッチ以上に気が触れた賭けに出る若手のみっちゃんは普段極めて穏やかだが、たまに荒ぶって『喧嘩上等』by気志團。自分が賭けるのでなければ、デカい勝負に出ている人々を眺めているのは申し訳ないけどちょっと面白い。   「マジで俺、今日一個も当たってないんだけど!」  最後の12レースが終わると同時に、みっちゃんは甲高い声で叫んだ。 「くっそ……!」 「何言ってんだよみっちゃん、中央が終わっても俺達にはまだ佐賀競馬があるじゃねぇか」  マッチはうな垂れる同志(?)の肩に手を置き、悪魔の誘惑を持ちかける。たぶんレース総額はマイナスなんだけど、念願通りに万馬券を的中させて皆にビールを振る舞い、やや満足気な顔つきだ。わたしはといえばショボい三連複がひとつ当たっただけだったけども、調子に乗ったマッチからビールをせしめて良い気分だった。そんな様子を横目で一瞥してから、みっちゃんは「もう賭けられねぇ」と吐き捨てるように言った。 「見てくれよ俺の競馬専用口座を!」  スマホの画面をずい、と突き出す。 「50円しか残ってないんだよ!ほら!完全負けだよ畜生」 「マジかよひゃははは!」 「さすがだよ! 廃人の鑑だよみっちゃん!」
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博打の沼にハマるみっちゃん
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