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「なに、時短要請に従ってんの?」変化を嫌う酒場の老人客にア然…

飲食店 自粛要請

ダメだよ。体制には反抗しないと

 寒波と共にコロナが猛威をふるい、気が付けばあっという間に年末で一年が終わろうとしている。都知事により忘年会の自粛やイルミネーションイベントのライトアップも中止が呼び掛けられ、今年はクリスマスさえも盛り上がりに欠ける。筆者は目下批判の的である夜の飲食店に勤務しているため、せめて店の中ぐらい飾り付けをしようと先日100均にクリスマスグッズの物色へと赴いたが、陳列棚にあるのはせいぜい赤と緑で彩られた紙皿とサンタ帽子くらいのもので、店内の中央では既にしめ縄が幅を利かせていた。  飲食店の時短要請も結局年明けまで延長され、知ったことかという顔をしたい気持ちがありながらも夜が更けて酒を飲むという行為それ自体にどこか後ろめたさを感じてしまう。年が明けたところで何がどうなるわけでもあるまいという予感も同時に抱きながら。  そして、意識や習慣に変化を求められる時代にあって、一向に変わることなく我関せずのスタイルを貫けるのは、酒場にいる老人くらいのものだと多少うんざりしながら思い知るのである。 「なに、時短要請に従ってんの?」 カウンター席の端っこの指定席に着くなりKは言った。 「ダメだよ。体制には反抗しないと」 「いやいや、一応従いますよ」

接頭辞は「俺の知り合い」

 我々店員が苦笑いでそう答え、言い終える前に遮られる。 「金だけきっちりもらってあとは自由にやんないとな。俺なんかこのあいだ××庁の奴に抗議して金貰ってよ。俺の知り合いなんだけど」  一杯目の酒を作る前から長くなりそうだと思って、さりげなく体温計を差し出すと、「いらない」と間髪入れずに突っ返された。 「おれは元気だし」  顔色の悪い七十代の老人Kとは出会ってかれこれ二年以上になる。人の話を一切聞かず、その場にいる自分以外の人間を徹底して批判し、アタマに「俺の知り合いの」という接頭辞の付いた話を延々と繰り返す性質によって各地の店を出禁になっているが、わたしの勤める店では店員側がその防波堤になることで最悪の措置を取らずに済ませている。それはひとえに優しさ故であるが、一方でコミュニティが上手く機能するために特異なものを疎外しようとする村八分的な残酷な側面を持ち合わせていることも露わになってゆく。

周囲の人間に敵意をむき出す

 自称「アーティスト」の彼は、他人の話を基本的に否定する。  例えば、話題を広げようと「実は絵を描いているんです」と打ち明ける人間がいる。するとKは、どんなものを描いているのか聞き終える前から「そんなやり方じゃダメだ」と言う。「ぼくも革製品を作ったりしているんです」という人間がいれば製品を見る前から「たいしたことねぇのにイキがってる」と一蹴する。それから「このあいだ俺の知り合いに俺の作ってるもん見せたらよ、そいつは世界中回ってるフルート奏者なんだけどよ」と、見も知らぬ人間の話が始まるので、はじめは会話を展開しようと努めていた人間もやがて疲弊してしまう。もはや会話のキャッチボールではなく、ドッジボールでもなく、砲丸投げである。こうして、どんどん彼の周りから人が離れていってしまう。  ある時、カウンターに立つわたしは読書好きの女子たちと本の話に花を咲かせていた。  弱冠二十歳の可愛らしい女子の口から三島由紀夫や森鴎外といったワードが次々と飛び出してきて、思わずトークに熱が入ってしまう。端の席でKが面白くなさそうな顔をしているのを見受けて、どうか茶々を入れてくれるなと願いながらしばらく互いのお薦めの本などを紹介しあった。  ひとしきり盛り上がったあと、不満顔のKの前に立つと、開口一番に彼はこう言った。 「俺は本なんて読まねぇ」  でかい声だ。わざと、先ほどまで話していた女子たちにも聞こえるように言っているのだろう。

俺の書いた本がある

 同じボリュームのままKは続ける。 「本なんてしょせん、よく知らねぇ奴が偉そうなことをごちゃごちゃ書いてるだけなんだからよ。まともに読んでるやつの気がしれないね。そんなもんに熱心になってるお前はある意味病気なんだよ」 「あ~そうかも~。病気かも~」  あなたも相当病気ですけどね、という言葉をウーロンハイと一緒に飲み込んだ。 「だいたい本なんて古い体制の出版社が勝手な基準で出してるんだよ。昔俺の知り合いがやってて俺のも出版しろって言ったけど、つまんない考えに囚われてあーだこーだ言ってくるからやんなかったけどよ」 「へぇ。そんなこともやってたんだね」 「だから自分で出したよ。お前読むか?」 「え?」 「俺の書いた本」 「え。あるの?」 「今度持ってくる」
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老人Kが感じる恐怖
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