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“最凶マフィア”集団「怒羅権」創設者を直撃。ヤクザも恐れた理由とは?

「みかじめ料」と言えば今も昔も暴力団の特権的なシノギの一つである。そこに暴力団ではない何らかの個人、集団が手を突っ込んだらどうなるか。当然、排除され、潰されることになる。暴力団への警察、世間的な排除圧力がかつてないほど強くなった今でさえ、その不文律は絶対だ。  しかし、そんな裏社会の掟が長いこと通用しないエリアが存在した。  東京都江戸川区にある葛西駅、西葛西駅周辺。今では「住みたい街ランキング」にもたびたび登場する人気エリアだが、かつては「怒羅権(ドラゴン)の街」、あるいは「中国残留孤児の街」として、日本人の不良少年ばかりかヤクザにさえ恐れられ、忌避される界隈だった。

「包丁集団」と呼ばれ、刺し喧嘩も厭わなかった

佐々木さん

怒羅権の初代総長として東京のアンダーグラウンドシーンで名を馳せた佐々木氏。現在は建設業のかたわら、Youtuberとしても活躍している

 1986年、この地で、後にその凶暴性、凶悪ぶりで名を馳せることになる暴走族「怒羅権」が誕生。その創設者7名のうちの1人で、初代総長を務めた佐々木秀夫氏(52)が先月上梓した書籍『怒羅権初代 ヤクザが恐れる最凶マフィアをつくった男』(宝島社)が大きな反響と波紋を呼んでいる。著者の佐々木氏は現在、裏稼業から足を洗い、大工として働く傍ら、ユーチューバーとしても活躍中だ。  怒羅権はもともと政府による帰還事業によって大陸から引き揚げてきた中国残留日本人孤児の2世を中心に生まれた暴走族。後に「包丁集団」と呼ばれ、喧嘩や抗争では日本流の「タイマン」文化などお構いましに、ナイフや包丁でぶすぶすと敵を刺して悪名を轟かせ、他にもさまざまな凶悪事件でメディアを賑わしてきた裏社会の“ハイブランド”であり、今も隠然たる影響力を持つ集団と言われている。  佐々木氏が中心となって結成した暴走族怒羅権はいつしかマフィア化していった。90年代後半から2010年頃にかけて葛西駅、西葛西駅周辺の歓楽街は佐々木率いる“マフィア”怒羅権の「縄張り」だったという。  本人もこう証言する。 「日本の暴力団のように、こちらから“みかじめ”を取りに行ったわけじゃないんですよ。地元のクラブやキャバクラで飲んでいるうちに、店のほうから『これでひとつ』とか言って、封筒を渡してくるわけです。要は、あんたらがいると他の客が怖がって寄り付かないので、毎月決まった金を渡すから来ないでほしいということですわ(笑)」

「ヤクザが怒羅権を避けていた」

 キャバクラなどの飲食店が暴力団に支払うみかじめ料の相場は、月に3〜10万円が一般的と言われている。ところが、佐々木たちは月に30〜40万円もの“みかじめ料”を多くの店から得ていたという。  既存の暴力団は黙って見ていたのか。佐々木は言う。 「ヤクザはヤクザでみかじめを取ってたのかもしれませんが、僕たちはそんなことどうでもよかった。くれるっていうからもらってただけで(笑)。みかじめがどうとか、縄張りがどうとかでヤクザと揉めることってほとんどなかったですね」  実際はどうだったのか。当時を知る地元飲食店のオーナーは言う。 「ヤクザ側が怒羅権を避けてましたよ。当時の怒羅権は平気でヤクザをぶっ飛ばしたり、刺したりしてたし、だいたい兵隊の数が違った。佐々木さんが一声かければものの10分ほどで100人くらいのメンバーが駆けつける。そりゃヤクザだって怖いでしょ」  佐々木氏の著書には、こうしたバイオレンスなエピソードが満載。さらにはマフィアとしての彼が関わったシノギ(経済活動)や、暴力団との関係性、半グレ界のもう一方の雄、関東連合への言及など、長く裏社会に身を投じていた佐々木氏だからこそ語れる貴重な話がこれでもかというくらい赤裸々に描かれ、一部関係者の間では「ここまで書いていいのか」という戸惑いの声もあがっているほどだという。
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「いいことも悪いことも含めて懸命に生きてきた。その証を残したい」
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怒羅権 初代 ヤクザが恐れる最凶マフィアをつくった男

暴力団も警察も恐れた史上最凶の半グレ集団「怒羅権」初代総長が明かす禁断の内幕!

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