更新日:2022年05月06日 22:18
ライフ

首は頭を支え、手首は手を支えている。では乳首は何を支えているのか?

強硬に反・乳首論を主張しはじめた浅井さん

「俺は実家が太いだけの男よ。仕事だって転々としている。今の仕事だって明日に辞めるつもりだ。そんなどうしようもない男よ」  その主張はどこか重く、苦しいものだった。 「そんなダメなおっさんである俺、その乳首にどんな夢や希望があるって言うんだよ。教えてくれよ!」  浅井さんの言葉に押し黙っていたタツさんが言葉を振り絞って反論する。 「いや、快感が……」 「俺はまったくかにも感じねえ。洗濯ばさみで挟まれたって無反応だ」  遠山さんも言葉を振り絞る。 「希望だったんだよ。何もなかったあの町を抜け出す希望」 「それは単にお前の異常性癖だろ。なんだよ乳首だけ切り抜くって」  その言葉は実に的確だ。 「いや、それでも乳首には夢や希望があるから」  僕も必死に反論するのだけど、浅井さんは止まらない。 「そうやって夢や希望なんてキラキラした言葉で誤魔化すのはやめろ。見ろ、おれの乳首には夢も希望もない」

おっさんが雁首揃えて乳首ループをする絶望の光景

 そういって乳首を露出しはじめた。そこには、色あせた、少し濃い焦げ茶色の、縁取りの様に周りに数本のちぢれ毛が生えた、夢も希望もない乳首があった。本当になにも希望のない乳首がそこにあった。絶望って言葉はこのためにある、といった乳首だった。 「そうですね。浅井さんの乳首、夢も希望もあったもんじゃないですね。浅井さんの乳首、なにも支えていないです」 「わかればよろしい」  浅井さんは納得した様子だった。  いつもこうだ。いつもこうやって浅井さんのよく分からない悲観的な演説に僕らは意気消沈してしまう。それを避けるために乳首の話題を振ったはずなのに、やはり同じところにもっていかれてしまうのだ。良かれと思って乳首の話をした僕がバカだったのだ。 「話を戻しましょう。タツさんのオーダースーツの話でしたよね」  僕の言葉に助け舟とばかりにタツさんが話し始める。 「そうそう、それであちこち採寸するわけよ。でさ、胸周りのところを測ってもらってる時にメジャーが乳首にこすれてさ、ついつい声が出ちゃったよ。やはり乳首は俺の快楽を支えている」  また乳首の話に戻ってしまった。 「いやいや、俺はあの街と決別するのに乳首を切り抜いたの。決して異常性癖ではない」 「見ろ、俺の乳首を、夢も希望もありゃしねえ」 「もう乳首しまってください。他の人が見てます」  無能なものが群れて集まっている様子を、見下したように表現する言葉で「雁首を揃える」という。まさしく僕たちは揃った雁首でしかなかった。そんな僕らも何かを支えているのだろうか。それは間違っても夢や希望といったキラキラしたものではないと思う。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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