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小山田圭吾のフジロック出演に、賛否の嵐。いじめ騒動から1年では“早い”のか

小山田圭吾の活動再開に賛否

FUJI ROCK FESTIVAL

FUJI ROCK FESTIVAL公式サイトより

 小山田圭吾が7月30日の「FUJI ROCK FESTIVAL’22」で活動を再開しました。学生時代の障がい者へのいじめ行為で東京五輪・パラリンピック開会式の音楽制作担当を辞任してからおよそ1年。復帰の是非をめぐり世論が二分しています。  歓迎していたのは現地のフジロック参戦組。ソロユニット「Cornelius」の映像美と音響を駆使したステージングに、ツイッターには「最高」や「圧巻」などの絶賛コメントが多数寄せられました。彼の才能を再認識した音楽ファンは、“帰ってきてくれてありがとう”との思いでいっぱいのようでした。  一方、厳しいコメントであふれたのがヤフーなどのニュースサイトでした。こちらは倫理的、道徳的な観点からの批判。「嫌悪感は拭えない」とか、いじめの被害者への謝罪もないままの活動再開に疑問を呈する意見が大半でした。なかには「結局いじめた側は人生を謳歌している」といった手厳しい声もあり、まだ世間は完全に納得がいっていない様子です。

オリパラ降板は“妥当”だったが

 この件について筆者は昨年2つの記事を執筆しました。ひとつは小山田氏が行った、もしくは計画したと語ったいじめの残忍さを否定する内容。(『小山田圭吾の“いじめ自慢”と、90年代鬼畜ブーム。まぜ彼は間違ったのか』)  そのあとに、そうした“武勇伝”を語りたくなってしまった背景について考察しました。(『小山田圭吾が“いじめ釈明”で語った、“ワルに見せたかったお坊ちゃん”の軽率』)  そのうえで筆者なりの考えを申し上げれば、オリパラ降板は極めて妥当な判断であったけれども、それ以降の活動にまで自粛を求めるのは行き過ぎだ、となります。
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いじめに対するNOを示すための政治判断
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