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おっさんは“感謝されること”に飢えている。とある職場で起きた悲哀

もはや弁当配達を本業と思い始める

 もうこの頃になると松川さんの表情は「俺のこの職場での使命は社員全員のお昼の弁当を支えることだ」となっていたらしい。本当の使命は外回り営業です。  ここで注意すべきは、Uber松川は一切のマージンも手数料も取っていないという点だ。本当に見返りが感謝だけで、おそらくちょっとはポイントなどを稼いでいたのだろうけど、その手間を考えるとやはり微々たるものだ。ただただ、ありがとうと言われるためだけにサービスを充実させていく。 「いつもありがとうございます」 「なあに、俺の仕事だからね」  松川さんの本当の仕事は外回り営業だ。完全に見失っている。もう松川さんは弁当の注文を受けて各種コンビニを周ってと、午前中は仕事になっていなかったらしい。  そんなある日、ついにエスカレートするおっさんはクライマックスを迎える。出社すると松川さんのデスクにはQRコードが記載されたパネルが置かれていた。 「ご要望にお応えしてPayPay払いに対応しました!」  ついに電子マネーによる支払いに対応。さすがにやりすぎだろ。  QRコードを読み込むことによりUber松川に弁当代を支払えるようになった。かねてから支払い時の小銭やお釣り問題で利用者に不便を強いていたのでそれを解決した形だ。ものすごく便利になったのだけど、さすがにやりすぎだろ。

ただただ、感謝されたくて……

「みんなが便利に弁当を手に入れられるようにするのが俺の仕事だからね」  何度も言うけど、松川さんの仕事は外回り営業だ。 「こうしてですね、PayPay支払いに対応したところで、仕事もせずに弁当の斡旋ばかりしていると上層部にばれたらしく、松川さんは処分されることとなったんです」 「むしろそこで歯止めがかかってよかったのでは?」 「そうです。あのままいったら業者から食材を仕入れて弁当屋を開業していたと思います。仕込みにどれくらい時間がかかるか計算して『5時起きかあ』って言っていましたから。なるべく安全な食材で弁当を提供したいけど、コストが悩ましいねって言っていました」  さぞかし良心的な弁当屋が社内に誕生していたに違いない。  処分され、いっさいの弁当業務を放棄することとなった松川さん。生気を抜かれた生きる屍みたいになったらしい。もう俺の本分は失われてしまったから、みたいな表情を見せていて、そのまま消え行ってしまいそうな儚げな雰囲気を身に纏うようになったらしい。何度も言うけど、松川さんの本分は外回り営業だ。  おっさんは良かれと思ってどんどんエスカレートする傾向がある。ただただ、感謝が欲しくておっさんはエスカレートしていくのだ。 「おっさんはエスカレートするよね」 「ええ」  エピソードを持ってきてくれた彼とキャンプファイヤーの炎を見つめる。燃え盛る炎はどんどんとエスカレートしてクライマックスを迎えた。そして、キャンプファイヤーが終わり、一気に人がいなくなると同時に消火され、真っ黒な消し炭だけが残り、闇に同化していた。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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