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長澤まさみは“路チュー”も“暴力シーン”も美しい。「2022年秋ドラマ」注目3作品

熱血アナウンサーが冤罪を晴らす

エルピス

番組公式HPより

 秋ドラマが出揃った。プライムタイム(午後7時~同11時)には15本の新作がある。その中から現時点で特にお薦めの3作をご紹介したい。  第1にフジテレビ系『エルピス-希望、あるいは災い-』(月曜午後10時、制作・関西テレビ)。ドラマの質を決めるのは「一に脚本、二に俳優、三に演出」というのがセオリーだが、その3つとも出色だ。24日放送の第1話は退屈させる場面がなかった。  主人公は長澤まさみ(35)が演じる大洋テレビのアナウンサー・浅川恵那。彼女が眞栄田郷敦(22)扮する若手ディレクター・岸本拓朗と一緒に、10代女性連続殺人の冤罪を晴らそうとする物語である。2人とも深夜の軟派な情報バラエティ番組「フライデーボンボン」を担当している。  冤罪を晴らすということは無実の犯人を逮捕した警察組織、誤った裁きを下した司法界と対決することを意味する。それだけでもスケールは十分大きいのだが、観ていると、恵那が内面で戦おうとしている相手はもっとデカイことに気づかされる。  それは30代の女性アナである恵那を「ババア」と侮辱することを許すような前時代的な会社の体質、同僚報道記者・斎藤正一(鈴木亮平)との路チュー写真を週刊誌に撮られたのに、自分だけ報道局のニュース番組から情報バラエティに飛ばした男女格差を許す社会の風潮。さらに「長いものには巻かれたほうがいい」とする世間の空気である。 「フライデーボンボン」のチーフプロデューサー・村井喬一(岡部たかし)もこの冤罪を扱おうとせず、「国家権力を敵にまわすってことなんだよ、分かる?」と説く。だが、恵那は「分かりません。私はもう分かりたくありません、そういう理屈」と強く抵抗する。  一方、拓朗は村井の言葉にあっさり屈してしまい、冤罪取材から降りようとしたが、恵那はビンタを食らわし、さらにポカポカと何度も殴った。 「私はもう飲み込めない。これ以上。飲み込めないものは飲み込めない。でないと私、死ぬし」(恵那)  もう、おかしいと思うことには黙っていられないということである。恵那は当初、拓朗から冤罪取材の協力を頼まれると、断った。同調圧力に屈する我慢の日々を送っていた。しかし、そんな自分に体が拒否反応を起こし、睡眠がうまく取れなくなり、摂食障害にも陥っていた。「でないと私、死ぬし」は決してオーバーではなかった。屈しないことを決めた恵那は会社や国家を敵に回し、冤罪を晴らせるのか。その戦いは「ババア」と呼ばれ、見下されている自分の再生にもつながる。

出演俳優たちの演技力が光る

 相変わらず長澤の演技は巧み。どの演技も自然。また、体幹がしっかりしているせいなのか、立ち姿や走る姿すら美しく、拓朗に暴力を振るう場面までサマになっていた。  セリフも構成も良かった。軽薄な拓朗が冤罪取材に関わり始めたのは「フライデーボンボン」のヘアメイク担当・大山さくら(三浦透子)に脅されたから。  拓朗がルールを破り、番組アシスタントを口説いたことが、さくらにバレ、脅迫のネタにされた。この展開なら、およそ社会派ではない拓朗が冤罪取材に関わっても無理がない。物語の面白みも増した。  チャラい拓朗に成りきった眞栄田もうまかったが、圧巻は三浦だ。序盤で登場した際はごく平凡なヘアメイク担当に見えたが、拓朗を脅すときは恐ろしい女に変身し、終盤では冤罪を晴らしたい一心の聖女に変わった。さすがはアカデミー賞国際長編映画賞受賞作『ドライブ・マイ・カー』の準主演女優である。  なぜ、さくらは冤罪を晴らそうとしているのか。それは恩人を救うためだ。中学生のとき、養父から酷い虐待を受けた際に助けてくれた元板金工・松本良夫(片岡正二郎)が、無実なのに最高裁で死刑判決を受けたからである。いつ執行されてもおかしくない。  しかも松本が逮捕されたのは、さくらを家で保護していたためだった。警察側が「ロリコン男なのだろう」と思い込んだ。よくある話である。説得力を感じた。冤罪の発端は多くが見込み捜査だ。筆者も1992年に「袴田事件(清水一家4人殺し)」を調べる連載の編集を担当した(筆者は故・山本徹美氏、93年に加筆の上で悠思社から単行本化)。袴田巌さん(86)が疑われた理由の1つも「元プロボクサーだから粗暴だろう」というバカバカしいものだった。
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冤罪をテーマにしつつも軽妙なノリ
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放送コラムニスト/ジャーナリスト 1964年生まれ。スポーツニッポン新聞の文化部専門委員(放送記者クラブ)、「サンデー毎日」編集次長などを経て2019年に独立。放送批評誌「GALAC」前編集委員

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