お金

実質賃金が30年間上がらないのはなぜ?元日銀副総裁がわかりやすく解説

 実質賃金が低迷を続けた原因は、一人当たり労働時間の減少にあります。OECD(経済協力開発機構)の統計を見ると、1990~’21年の日本の労働生産性上昇率は、G7中2位の高さでした。  ところが、この期間の一人当たり労働時間は毎年0.75%ずつ減少しました。この減少率は米国の10倍、英国の3倍という、すさまじさです。生産性は大きく向上したにもかかわらず、労働時間が大幅に減ってしまったため、実質賃金上昇率はG7中、6位に落ち込んでしまったのです。  このように労働時間が減少した背景には長期にわたるデフレがありました。雇用環境が悪化し、労働時間が短い非正規社員の比率(’02年29%→’22年37%)が上昇したのです。  より正確に賃金動向を見るため、今回はGDP統計の「雇用者報酬」も見ておきましょう。  この統計の雇用者報酬は、賃金・俸給に企業の社会負担(年金保険料負担など)を加えた金額になります。企業の社会負担は「毎勤」の賃金には含まれませんが、企業の社会負担は雇用者に帰属する所得であるため、雇用者報酬には含まれています。  消費増税の影響を除去した消費者物価を用いて計算すると、’12年の一人当たり実質雇用者報酬は対1997年(デフレが始まる前年)比で8.9%のマイナスになります。一方で、’21年の実質雇用者報酬は対’12年比で3.9%のプラスです。  9年間で3.9%の上昇率は年平均にすると0.4%にすぎません。そのため上昇を実感しにくかったのは事実でしょうが、雇用者報酬で見ると、30年間低迷し続けたわけではなく、「アベノミクスが始まってからは少しずつ上昇し続けた」のです。
次のページ
岩田の“異次元”処方せん
1
2
3
東京大学大学院経済研究科博士課程退学。上智大学名誉教授、オーストラリア国立大学客員研究員などを経て、’13年に日本銀行副総裁に就任。’18年3月まで務め、日本のデフレ脱却に取り組んだ経済学の第一人者。経済の入門書や『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社)、『自由な社会をつくる経済学』(読書人)など著書多数

記事一覧へ
おすすめ記事
ハッシュタグ