ライフ

中年男性に友人ができる際、「出会い」のきっかけが曖昧な理由

おっさんは二度死ぬ 2ndseason

初めて会った日のこと

 居酒屋で待ち合わせをしていた。この日、会うのは知り合いの知り合い、そのまた知り合いという極めて希薄で曖昧な間柄のおっさんだ。彼と会うのは初めてだった。  そのおっさんは、どうやらエロ動画に関して世紀の発見をしてしまったようで、この衝撃の事実と興奮を識者に伝えたいと熱望したようなのだ。けれども、おっさんの周りにエロ動画の識者など存在するはずもなく、いちばん詳しいだろうということで知り合いの知り合いの知り合いという、か細い関係性を辿って僕に白羽の矢がたった。  まあその経緯はともかく、そのおっさんが発見した事実というものにはかなり興味がある。  たとえそれが完全無欠のおっさんであっても、初めて会う相手となると緊張を伴うものだ。ドキドキしながら待っていたけれども、そのエロ動画に関する世紀の発見をしたおっさんは、この時点で30分ほど遅れていた。 「はじめて会ったときのこと覚えているか?」  一人で居酒屋にいるとどんどん酒が進んでしまうので、隣テーブルの会話に耳を傾けることにした。隣は、おっさんの二人組で、年齢は僕よりやや上といったところだろうか、雰囲気から察するにかなり古くからの友人同士のようだった。  どうやら二人の話題は、初めて出会った時のことのようだ。 「俺は覚えてねえんだよな、だってずいぶんと昔の話だろ」  片方のおっさん、何枚かの紙の束を数える時は必ず指に唾をつけてから数えそうなおっさんは、出会った時のことを覚えていないようだった。片や、もう一方のおっさん、会議の席ですぐに「がっちゃんこ」とか言いそうなおっさんは、その表情から察するに覚えている感じだった。

おっさん同士が初めて会ったときのことを覚えていない理由

 実は、けっこうな年齢になったおっさんともなると、初めて会ったときのことを覚えていない、という相手が存在する。これは確かだ。それにはいくつかの理由がある。 「もうマサやんとは付き合いが長すぎてな。そんな昔のこと、忘れちゃったよ」 ①遠い昔すぎて覚えていない  やはりおっさんともなると、若い人に比べて過去のボリュームがあまりに大きい。それに加齢による記憶力の低下も挙げられる。だから覚えていないなんてことが起こりうる。ただしこれらは、完全に消え去っているわけではないので、何かのきっかけで思い出すことがほとんどだ。 「ほら、刺青を入れに行ったときに……スガやんがさ」  マサやんがヒントを出す。いきなり「刺青」という単語が出てきたことに、すっかり釘付けになってしまった。ふつう、こんな普通っぽい感じのおっさん二人からは出てこない種類の単語だ。 「ああー、俺が若気の至りで刺青を入れに行こうとしているところに、それを止める役目としてきたんだ」  どうやらスガやんが刺青を入れると騒いでいるときに、それを止めようとマサやんが駆り出されたらしい。 「ちがうよ、止めに来たんじゃない。スガやんが天使か悪魔どっちの刺青を入れるか悩んでいるって松本さんに聞いたからさ、ちょっとまてよと、入れるならイルカの刺青だろって忠告しに行ったんだよ」  なんでそうなるんだ。なんでイルカを勧めたんだろうかと詳しい話を聞きたくて仕方がない。 「それで俺がイルカを入れるくらいならクジラ入れるって反論したんだ」  イルカだのクジラだの、天使だの悪魔だの、G-SHOCKの限定品の話をしてんのかと思うのだけど、二人はいたって真剣だ。冗談を言っているのではなく、二人は本当にイルカ、クジラどちらの刺青を入れるかで出会っている。 「あの時はさあ、スガやんのことたいしたやつだと思ったのよ、クジラを入れるなんてなかなか出る発想ではないからな。だから覚えているんだな、その時のこと」  実はこれが、初めて会ったときのことを覚えていない要素の一つになる。
次のページ
そもそも、出会いであると認識していない
1
2
3
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


記事一覧へ
おすすめ記事