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「世界一裕福なのに国民は貧乏な日本」に誰がした?“東大史上初の経営学博士”が明かす不都合な真実

上がらない給料、停滞する経済……。平成から令和にかけて、日本に住む人々の生活は日々苦しくなっていく。なぜ、平成以後の日本経済は突然失速してしまったのか? この問題に対して果敢に切り込んでいるのが、「東大史上初の経営学博士」で慶大准教授の岩尾俊兵氏による『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』(光文社)だ。本記事では本書の一部を抜粋・再構成して紹介する。
金欠

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日米経済戦争の勝者だった日本の「政治的敗北」

日本企業の経営は国際政治に翻弄されてきた。 平成元年ごろまでの日本は、アメリカにとって、ソ連に次ぐ仮想敵国とさえ言われていた。もちろん、軍事的には戦後の日本はアメリカと同盟関係にあった。だが、戦後の日本企業の大躍進による日米貿易摩擦は、日米「経済戦争」と表現されるまでに高まっていたのである。 しかも、この経済戦争において日本はアメリカに圧勝した。戦後数十年もの間、アメリカにとって最大の貿易赤字相手は日本であった。 こうした状況をアメリカが見過ごすはずはない。アメリカ主導の「国際協調」によって、日本企業の競争力は何度も叩き潰されてきた。その代表的な例が、1985年のプラザ合意である。プラザ合意では、アメリカの呼びかけによって、イギリス、フランス、西ドイツ、日本は協調して円高・ドル安を目指すことに決まった。 円高・ドル安は日本で生産活動をおこなう企業にとって、(海外部品調達費等以外の)国際的な生産コストの増加を意味し、輸出が不利になるためである。プラザ合意は日本企業潰し以外のなにものでもなかった。

“偽りの国際協調”の正体

円高・ドル安によって当然ながら日本経済には打撃が見込まれる。しかし、日本政府は、アメリカ政府との関係改善や国際協調のために、喜んで円高・ドル安に協力した(岡本勉『1985年の無条件降伏』光文社)。“偽りの国際協調”のために、日本政府が率先して日本企業と日本国民を貧乏にする道を選んだのである。 こうして、プラザ合意前に1ドル240円ほどだった円相場はわずか1年で1ドル150円を切った。これは、日本企業の製品・サービスが国際的に1.6倍の値段になったに等しい。 日本経済はこの急激な円高に耐えられなくなり、日本政府はプラザ合意から1年半ほどで円安への国際協調を呼びかけた(ルーブル合意)。しかし、プラザ合意において日本が歩み寄った国際協調をあざ笑うかのように、ルーブル合意は無視された。
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円高とデフレが作った「世界一裕福なのに国内は貧乏な日本」
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