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すべては一台のタクシーから始まった……風が吹いて桶屋が儲かったおっさんの話

おっさんは二度死ぬ 2nd season

風が吹けばおっさんがタクシーに乗る

 風が吹けば桶屋が儲かるという言葉がある。  これはまあ、良く知られた言葉で、一見すると因果関係がなさそうな事象が巡り巡って繋がっているというものだ。まあ、この世の中は色々な事柄が絶妙なバランスで成り立っていることの証明でもあるのだろう。  古くは江戸時代、舗装された道路なんてものはなく剥き出しの土がそのままの状態だった。強い風が吹くと当然のごとく砂煙が舞い上がり多くの人の目を傷つけていった。当然のことながら現代に比べて眼科治療や目薬などが発達していない江戸時代ではそれが原因で失明する人が増える、という流れだ。  当時は失明した盲人は三味線で生計を立てることが多かったので三味線の需要が増える。三味線は猫の皮が貼られていたので需要を満たすために街から猫が消える。すると天敵がいなくなったことでネズミが増え、ネズミが桶をかじってダメにするので桶が売れるようになる。結果、桶屋が儲かるという算段だ。  つい先日、おっさんたちが集まる飲み会においてこの話になった。たしか松岡さんが誰かのエピソードに対して「風が吹くと桶屋が儲かるみたいな話やな」と言った。生まれも育ちも千葉県の松戸で一度も松戸から出たことのない松岡さんのたまに出るエセ関西弁っぽいニュアンス、僕はそれがあまり好きではなかった。 「そりゃあ、あまり良くねえなあ」  大きな声で異を唱えたのは山本さんだった。山本さんは工務店の経営者でとにかくアグレッシブな人だ。 「なんやて?」  松岡さんがまたエセ完成弁で対応する。とにかくイライラする。

「そんなまどろっこしいことする必要ないだろ」という話になる

「おかしいだろ」 山本さんがさらに続ける。僕としては「風が吹けば桶屋が儲かる」という古来から言い伝えられている言説に異を唱える人などいないと思っているので、この主張は松岡さんのエセ関西弁に向けられているのかと期待した。しかし、そうではなかった。 「桶屋はなにやってんだって話だよ」  アグレッシブな経営者である山本さんから見ると、件の言葉はずいぶんとおかしいらしい。風が吹いて失明する人が増えて三味線が増えて猫が減ってネズミが増える、それをじっと待っている桶屋が許せないらしい。 「俺が桶屋ならネズミを飼育して増やすね。簡単に増えるだろ。それを街に解き放つ」  とんでもなく迷惑なやつだ。 「せやな」  松岡にイラつく。  山本さんは話しながら興奮してきたのか、もう止まらなくなってきた。 「ってか、ネズミ増やすのもまだるっこしいわ、俺なら街中の桶を壊して周る」  それはもはや暴漢だ。 「だいたい三味線屋はなにしてんだよ」  その怒りはついには前段階の三味線屋にまで達した。 「俺なら三味線を売るために町民を襲撃するね。目潰しをして周る」  それはもはやテロとかそういった類のものだ。 「ほんまや」  そして相変わらず松岡にはイライラする。
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棚ぼたで儲かるのもまた良い話ではないか
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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