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すべては一台のタクシーから始まった……風が吹いて桶屋が儲かったおっさんの話

棚ぼたで儲かるのもまた良い話ではないか

 この松岡さんのアグレッシブとも無差別テロとも取れる考え方は、近年、急速に発展してきたように思う。例えば転売屋という存在だ。本来は、需要が高く供給が追い付いていないものを高値で転売し、儲かったとなるはずだが、転売が隆盛となった昨今では、需要がないものを重要があるかのように流布したり、全てを買い占めて供給を経ってから高額転売するなどの手法が横行している。  山本さんが主張する三味線を売るために目潰しをする、桶を売るために破壊してまわる、それらは転売などで使われる強引な手法に通じるものがある。 「なんていうか、なんかしらんけど儲かった、みたいな感じ好きですけどね、僕」  そう主張した。儲けるためにアグレッシブに動くのではなく、なんとなく巡り巡って儲かっちゃった、そういう良さが「風が吹けば~」にはある、そう思うのだ。 「山本さんってとてもアグレッシブじゃないですか、だから儲けたり得するためにいろいろと行動すると思うんですけど、そうじゃないこともけっこう嬉しかったりしません?」  そう問いかけると、山本さんは困ったように考え込んだ。 「そういうのあったかなあ」 「あるはずやで」  クソっ、松岡ムカつくな。 「あった!」  山本さんが大声を上げた。 「あれはランニングしてたときなんだよ」  その日、たまたま仕事がなくて暇だった山本さんは、日課のランニングをこなすため川沿いを走っていた。いつもは暗くなってから走っていたけど、その日は午後3時くらいだったらしい。

小学生に対抗意識を燃やしたのが始まりだった

 川沿いを走っていると、強い風が吹いてきた。完全なる向かい風の強風は徐々に山本さんの体力を奪っていき、目に入ったゴミでボロボロと涙が出てくるほどだった。こりゃたまらんと、いつものランニングコースから外れ住宅街の方へと走っていった。  住宅街の片隅に停車する2台のタクシーが目に留まった。連なるように停まるタクシーは何かを待っているかのように見えた。そして、そのうちの一台が走り出し、そのまま小学校の校門に停まった。  しばらく見ていると、校門から出てきたランドセルの小学生がそのままタクシーの後部座席に乗り込んだ。え、小学生が下校時にタクシーに乗るの? ととても驚いたらしい。 「タクシー会社にもよるんですがキッズサービスってありまして、習い事にいくとかですね、そういうのあるらしいですよ」  山本さんが驚いた様子で呆然と見ているとそれを察したのか、近所を歩いていた爺さんがそう教えてくれたらしい。 「習い事とか塾とかいっぱいあるんだろうねえ、毎日、ああやってタクシーの子もいるよ」  山本さんは驚愕する。なぜなら山本さんはけっこうなドケチなので人生においてたタクシーに乗ったことがほとんどないのだ。おそらく数えるくらいしかないらしい。 「つまりさ、毎日タクシーに乗っている小学生は、もうすでに俺よりもタクシーに乗っているわけよ」  小学生のほうがタクシー経験値が上、その事実に気が付いた山本さんはすぐにスマホでタクシーを呼んだ。とにかくタクシーに乗って経験を積まなくてはならないと思ったらしい。
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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