鳩山邦夫「裁判員制度に反対だった」!?
もしや自爆テロか? 浜田和幸参院議員を総務政務官に一本釣りして、自ら窮地に立った菅首相。その出処進退に注目が集まる中、にわかに行動を活発にしているのが鳩山邦夫元総務相だ。
6月29日には都内で開かれた自民党所属議員のパーティで「政権を潰すために、私や舛添要一新党改革代表みたいな人間が自由自在に歩き回って内部から崩壊させないといけない」と持論を展開。その前日には舛添氏とともに、“ユッキー”こと兄・由紀夫前首相と三者会談を開いていたことが報じられている。
だが、こうした行動の背景は、6月21日に開かれた自由報道協会(代表・上杉隆氏)主催の記者会見で邦夫氏自らぶっちゃけていた。
「今年に入って、民主党の若手議員が『このまま行ったら何のために政治家になったのかわからない』と私のところに相談に来たわけです。計35人の議員と食事しましたよ。一番多い人は7、8回食事ました。そこで内閣不信任案に賛成するんだったら、あなたたちの身柄はオレが引き受けてもいいぞ、と話したわけです。私は自民党の隣に住んでいるようなもんだから、選挙協力して自民党の親戚みたいなものにならないか、とね。民主党の中に手を突っ込んでね、中から引っこ抜いてやろうと思ってたわけです」
ひっこい抜いて、舛添・新党改革と合流する……そんな作戦を告白していたのだ。
結局、不信任案に賛成票を投じると思われていた民主党議員が反対に回り、その作戦は不発に終わったわけだが、邦夫氏は政界再編を諦めたわけではない。自由報道協会の会見では「(不信任案が反対多数で否決されることがわかってから)兄に『一緒に菅を倒そうじゃないか』って伝えたんです。憮然としてましたよ、兄は。不信任案が否決されたときも、兄だけは拍手をしてませんでしたから」と話していた。
そんなぶっちゃトーク全開の会見で、実はトンデモない爆弾発言をしていたことはいまだ報じられていない。
「今だから言うけど、私は裁判員制度に反対だったんです。外国の陪審員制度や参審制度を日本に取り入れようと言うけど、日本には独自の文化や文明があるのだから、独自の制度を保持すればいいと思っていたわけです。(2004年に)裁判員法が成立したあとに法務大臣になったから……。ただ、裁判員制度によって裁判と国民の距離が近づけばいいなと思い、“サイバンインコ”などという暑苦しいものを被って歩いたりもしたわけです」
時の法務相が「実は裁判員制度に反対だった」と告白したのだ!この発言は上杉隆氏も「鳩山邦夫『いまだから言えるけど裁判員制度は反対だった』サイバンイコ(原文ママ)の立場が……」とツイートしたほど……。
もはや時効(?)とはいえ、政界再編に身を投じる邦夫氏のこと、くれぐれも得意の失言で自爆しないことを祈りたい!
文・撮影/池垣完
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