ゴルゴ風眉毛が乱舞する! パーツカタログの世界――「マンガの描き方本の歴史」5
『帽子男シリーズ』や『ギャグにもほどがある』など、作品ごとに惜しげなくアイデアを使い捨てるリサイクル精神ゼロのギャグ漫画家・上野顕太郎氏。実は「マンガの描き方本」を収集することをライフワークとし、現在、その数は200冊以上に及ぶという。
本連載は上野氏所有の貴重な資料本をベースに「マンガの描き方本」の変遷を俯瞰するシリーズである。マンガへの愛情たっぷりなチャチャと共に奥深いマンガの世界を味わいつくそう。
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連載 第五回
上野顕太郎の「マンガの描き方本」の歴史
何はともあれ(図1)をご覧頂きたい。紺碧の空に夥しい数の鳥が舞っている。獲物を探しているのか、それともこれからねぐらに帰るのか、どこからか打ち出だす鐘の音が、陰にこもって物凄く、ゴ~~~ン……というような絵ではまったく無く、これは昭和55年発行『さいとう・たかをの劇画専科・初等科コース』リイド社刊の本文で紹介されている紺碧の空に夥しい数の眉毛が舞っている図なのであります(一部大嘘)。
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おまけに、その他のページにおいては目や鼻や口までもが紺碧の空に(図2)……しつこいですかそうですか。つまりこれは漫画の登場人物を描く際の参考例というわけなのです。ついつい手癖で同じような眉毛を描かぬように心掛けたいものですね。
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登場人物を作製する方法は人それぞれのやり方があるでしょう。マンガの描き方でよく取り上げられる物は、「身近な人物をモデルにする」「俳優やタレント等をモデルにする」などですが、顔の輪郭を始めとする各パーツのチャート表も幾つかの本に散見されます。というわけで、今回は登場人物の内面とかはひとまず置いといて、顔の造作のみに焦点を絞った、めくるめくキャラメイキングの世界へご案内いたしましょう。まあ特にめくりめかないとは思いますが。
◆「この本は、捨てるところに価値がある」
さて、まずは古い所から。図版は、発行年月日は不明(本文中の図版に『鉄腕アトム』が使われているので、昭和28年以降であろう)西山ハルオ(注1)作、成瀬正一(注2)編『すぐに上達する漫画さしえのかき方』村田松栄館刊より(図3)。黒目がちな目が多いのは、当時の流行というより、目に限らず、マンガの絵の持つ情報量が現在より少なく、表現が単純だったという事でしょうな。
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お次は昭和54年発行、森田拳次『基礎から売りこみまでマンガの描き方』日本文芸社刊(図4)。このぐらいの年代になるとバリエーションもぐっと豊かに。この本には外国の出版社に売り込む方法が盛り込まれているのが、他の本には無い特色。
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後年同氏はこの本をベースとしながら大幅に手を加え、平成7年発行『モリケンのマンガの描き方教室』成美堂出版刊を著しているが、パーツカタログも新たに描き起こされ、点数に変動がある(図5)。この2冊からは心構えをおおいに学びました。それを端的に表した部分、「基礎から~」のあとがきからの抜粋を紹介しよう。
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(前略)この本で説明したかき方の基本をマスターできたら、次からは、それらをすべて無視してほしいと思います。新しい漫画、新鮮な漫画は、かならず、それまでのセオリーは覚えていながらも、それを打ち破っているところに魅力があるからです。つまり、この本は、捨てるところに価値があるのです。でも、買ってから捨ててくださいね。それでないと、ボクに印税がはいらないから――
◆「顔パーツカタログ あれこれ」
モリケンこと森田拳次の他にも、たくさんのベテラン勢がマンガの描き方本に顔チャートを載せておりますよ。昭和52年発行、手塚治虫『マンガの描き方 似顔絵から長編まで』光文社刊(図6)/昭和59年発行、弓月光『弓月光の少女まんが入門』集英社刊(図7)/昭和62年発行、里中満智子『里中満智子のマンガ入門 人よりちょっとうまく描くテクニック』光文社刊(図8)。図6を見て頂ければお分かりかと思いますが、手塚治虫はカタログ表を使った組み合わせで出来る顔の作例も併せて掲載しています。数学が得意のあなたならば、何通りの顔が出来るのか即座に計算なさる事でしょうね。
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さて、パーツカタログで凄まじいのは、一冊丸ごと漫画の人物造形のテクニックを披露している、昭和52年発行、ジャック・ハム『人物漫画の描き方』建帛社刊(図9)で、プロのマンガ家仕様になっており、紹介する数も膨大。組み合わせを計算したくても、計算できないのだ(バカボンのパパ風に)。この本の群衆漫画という項では、いかに効率良く群衆に見せるかの工夫が幾つも紹介されています(図10)。
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◆「顔パーツカタログと世紀の発見!?」
最後に、前回も紹介した昭和18年発行、下川凹天『漫画の描き方』弘文社刊の図版では、20種類もの「眼型」が提示されており、それぞれに名称がついています(図11)。
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1、金佛眼 2、上り眼 3、下り眼 4、風穴眼 5、豆粒眼
6、神経質眼 7、帝釋様眼 8、不動眼 9、涎眼 10、猿眼
11、辨天眼 12、寄り眼 13、出眼 14、引込み眼 15、按摩眼
16、蛸眼 17、助平眼 18、横眼使ひ 19、引付け眼 20、泣きべそ眼
この本ではこの後も「鼻」や「口」の図版が提示されてゆき、それら全てにも名称が付いているのだが、私が見る限り他の本では見た事が無い。そしてこの「眼」の図版は何だか、とり・みき(注3)っぽい感じに見えてはこないだろうか? どうだろうか? そして、見えたから特にどうという事も無いという事実に驚嘆を禁じ得ない。
驚嘆ついでにギャグ漫画界を震撼させつつ感心もさせてしまうかもしれない大発見をここにご報告したい。次の図は40代以降の諸賢には懐かしいであろう、山上たつひこ『がきデカ』(注4)と共に少年チャンピオンのギャグ枠を彩った鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』(注5)の登場人物の一人「ノォッ」が口癖の、クマこと高校教師の後藤熊男(図12)である。そして次の図は、先程のとり・みきの次のページに紹介されている眼型8を利用して描かれた似顔、後藤隆之助(図13)である!! 後藤隆之助である!! 誰!? (後で調べてみたら、どうやら当時の政治活動家のようですね)
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とりのページの裏に鴨! そして後藤と後藤!
これはもう単なる偶然と片づけられる類の案件ではないっ!
ギャグ漫画界のミッシングリンクの謎が今解明されようとしているのかっ!?
今後の研究は特に待たないっ! 興奮冷めやらぬまま今回はこれまでっ!
※情報提供は、こちらに!⇒(https://nikkan-spa.jp/inquiry)
件名に「マンガの描き方本の歴史」と書いたうえで、お送りください。
(注1)西山ハルオ:手塚治虫と『新宝島』を共作した酒井七馬と組んで、『マンガのかきかた』などを遺した西上ハルオと同一人物か? 今後の研究がまたれる。
(注2)成瀬正一:なにしろ著者所有の本が表紙も裏付けも何もない状態なもので、現在のところ手がかりなし。今後の研究がまたれる。
(注3)とり・みき:マンガ家。現在、『テルマエ・ロマエ』のヤマザキマリとタッグを組み、『新潮45』にて古代ローマを描いた『プリニウス』を連載中。
(注4)山上たつひこ『がきデカ』:1974~1980年『週刊少年チャンピオン』連載作。ボケとつっこみの役割を明確化したギャグマンガの元祖と言われている。
(注5)鴨川つばめ『マカロニほうれん荘』:1977~1979年「週刊少年チャンピオン」連載作。同時代感覚に訴えかけるギャグで爆発的人気を誇った。
文責/上野顕太郎
上野顕太郎/1963年、東京都出身。マンガ家。『月刊コミックビーム』にて『夜は千の眼を持つ』連載中。著書に『さよならもいわずに』『ギャグにもほどがある』(共にエンターブレイン)などがある。近年は『英国一家、日本を食べる』シリーズ(亜紀書房)の装画なども担当。「週刊アスキー」で連載していた煩悩ギャグ『いちマルはち』の単行本が11月中旬発売予定
※第六回は10月下旬に掲載の予定です。
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