「マンガで人を笑わせる方法」を人に教えるには? ギャグマンガ家対談【上野顕太郎×おおひなたごう】
(図1)全身像を描いてもらって、そこに反対要素を入れていくんです。僕はオバサンをイメージした全体像を描いたので、そこから最も遠い宇宙服を着せてみました。そこから、さらに遠い「プロ棋士」という職業を与えてやる(図2)。次に、職業とは正反対の性格付けをするんです。棋士は寡黙なイメージですが、よくしゃべるとか、潔癖症でコマが触れないとか。そうやっていくと、いつの間にか特殊なキャラクターが出来上がっているという。キャラクターが出来たら扉絵を描いて、実際にネームを切ってみる。ちなみに、僕が描いたのが(図3)の扉です。
⇒【画像】はコチラ nikkan-spa.jp/?attachment_id=921093(図1~3)
上野:読んでみたいなぁ。でもさ、なかにはアイデアが出ないという生徒もいると思うんだよね。アイデアの出し方はどうやって教えるの?
おおひなた:自分も連載中の作品(注1)があるので、「このときのネタの思いつき方がよかったな」と思ったら、すぐ生徒に話すようにはしています。人によって一番いいアイデアの出し方は違うと思うんですけど、色んな発想方法があることを知ってもらえたらと。
上野:どうやって思いついたかなんて、すぐに忘れてしまうからなあ。趣味と実益を兼ねて、というか実益と実益を兼ねているのか。
おおひなた:大喜利のお題を考えさせたり、リレー4コマを作ってもらったり。「異質な組み合わせでマンガを描いてみよう」という授業もやりましたね。例えば、『とんかつDJアゲ太郎』(注2)ってマンガがあるんですけど、これはトンカツとDJという全く異質の物を組み合わせて新しいマンガにしている。
上野:発想がおもしろい。「何それ?」という引きもあるし。
おおひなた:気になるタイトルって適当じゃなくて、ちゃんと理由があって組みあわせているんですよね。組みあわせにはポイントもあって、メジャーな物とマイナーな物の組合せがいい。例えば、「インディアカ」って競技と「環境アセスメント調査員」なんてマイナーなものを組み合わせて、『インディアカ環境アセスメント調査員・よしこ』とか言っても意味がわからない。その点、誰でも知っている「とんかつ」と、名前は知ってるけど、どんなことやってるかよく分からない「DJ」という組み合せは絶妙なんです。
上野:インディアカって、そもそも競技なんだ(笑)。確かに発想ってそうで、誰でも思いつくようなところから始まるよね。そこからどうやって膨らませていくかが問題で。ちなみに、発想の膨らませ方はどうやって教えるの?
おおひなた:そこからは個別指導ってことになるんですけど、僕が具体的に「こういう設定なら、こんなことできるよね」と教えても、それは僕のアイデアなので、生徒もその通りには描きたがらないじゃないですか。とはいえ、アイデアを出さないと「どうすればいいですか?」って聞かれるし。ヒントだけ教えるような感じでしょうか。難しいです。
◆頭の中に「アイデアが出やすくなる」回路を作る
――上野さんは先月末出た『暇なマンガ家が「マンガの描き方本」を読んで考えた「俺がベストセラーを出せない理由」』の中で、「誰かギャグの描き方本を書いてくれないかな(人任せ)」と書いていらっしゃいますよね。実際におおひなたさんのお話を聞いてどうですか?
上野:俺が「ギャグの描き方本」を書くとしたら、内容は自分の発想法とアイデアの出し方ってことになるのかなぁ。あとは、日々の鍛錬。何かしらの理由で自分を机に縛り付けておくと、慣れてくるというか。精神論の話をつけ加えるだな。
おおひなた:僕は結構、精神論の話をしますよ。あとは、作例と解説ですかね。だけどギャグの場合、作例を出すとそれに引っ張られちゃうでしょうし、難しいですよね。
――ちなみに、常にギャグを考え続けているとアイデアが枯渇することはありますか? 逆に、アイデアが出やすくなる回路が頭の中にできるってことはありますか?
上野:ありますね。ごう君も僕もあるんだけど、それは人それぞれ違っていて、同じものをインプットしても違うアイデアが出てくる。
おおひなた:僕は今の作品のネームができるまで3日かかるんです。1日目は何も出ないことが多いんですけど、四六時中ネタのことばかり考えていると、2日目には少しだけ進む。そして3日目にようやく、自分が思ってもいないことをキャラクターがしゃべり出すんです。そうなってくるとしめたもので、どんどん形になっていく。だから1日目の何も出ない時間も大切なんですよね。要は作品の中にどれだけ入り込めるかが大事で。
上野:長く続けていると、何か出るよね。俺は、キャラクター物を描かないから、キャラに没入する感覚は味わったことがないけど。だから、俺が授業をするとしたらこれだけは確実に言える。「キャラクターは作ったほうが売れる」(笑)。
おおひなた:(笑)。キャラクターをバリエーションから発想する授業もやったことがあります。まずは、「○○なのに××」というお題の○○の中に、適当な職業を入れてみるんです。「スポーツ選手なのに××」「執事なのに××」……。「執事」がいいと思ったら、今度は××をギャップのある言葉で埋める。「執事なのにドジ」「執事なのにクーポン券を集めてばかりいる」。今度は「クーポン券を集めてばかりいる」がいいと思ったら、「執事」を変えてみる。「余命半年の花嫁」「余命1カ月の花嫁」……最後は「余命1週間の花嫁なのに、クーポン券を集めてばかりいる」に落ち着く。やっているうちに、面白ワードがどんどん出てくるんです。
上野:着地点は己のセンス次第ということね。
おおひなた:そうですね。だけどこの手法も、この発想はありふれているなと自分で気付けないと広がらないですよね。そのためには色んな物を見たり、読んだり、とにかく「色んな事を知ること」が大事かなと。降りたことのない駅で降りてみるとか、一度も通ったことがない道を通ってみるとか、頼んだことがない料理を注文してみるとか、日常の中でもできることはたくさんありますから。
上野:やったことがないことをやってみろ、と言うのはいいな。たしか、赤瀬川原平が「写真時代」(注3)の連載の中で、「美学校の生徒に『1円で買える物を買って、領収書をもらい、買った物とレポートを提出せよ。ただし、1円切手は不可』という宿題を出した」みたいなことを書いていたんだよね。ひとり、ホースを買った人がいたらしいんだけど、指輪みたいな細さだったって。
おおひなた:それ、おもしろいですね。そういえば僕、結構授業で、うえけんさんのマンガを紹介しているんです。
上野:その話、聞きたい!
おおひなた:誇張表現を学ぶ授業で、「どうせ誇張をするなら、これぐらい描こう!」と、この画像を見せています(図4)。これ見せると、みんなどよめきますよ。
⇒【画像】はコチラ nikkan-spa.jp/?attachment_id=921096
上野:誰でも発想できると思うんだけど、やらないよね、普通(笑)。学生には、「だけどこれは、効率度外視だよ?」って言わないと(笑)。
◆何かを学ぼうと思ったら、遅すぎることはない
上野:ごう君の作品、『目玉焼きの黄身いつつぶす?』になってから、作風がすごく変わったなというイメージがあるんだけど。作画だけじゃなく、キャラクターの心情が克明に描かれるようになったと思う。
おおひなた:ありがとうございます。以前は人間が描けなかったんです。ギャグにさえ特化していればいいと思って、キャラクターの内面や背景を疎かにしていましたし、人間に興味を持てなかったし、季節の移り変わりの情緒や自然の美しさすらも分からなかった。けど、それだと読者の共感を得られるようなマンガが描けないので、「人間を描きたい」と強く思うようになったんです。
上野:何か、きっかけがあったりするの?
おおひなた:『マンガのゲンバ』という番組の太田垣康男さん(注4)の回を観たのがきっかけです。最初太田垣さんはガンダムみたいなSF作品を描きたがっていたんですが、師匠の尾瀬あきらさん(注5)に、「そういうのはいつでも描ける。まずは人間を描けるようになりなさい。そうしたら何でも描けるようになるから」と言われて、SFとは別の人情物を描いてヒットさせたんです。それが後に『MOONLIGHT MILE』のような壮大なSFヒューマンドラマに結実するんですね。それから「人間を描けるようにならないと」と思って山田太一とか倉本聰のドラマを観まくりました。
上野:結局、何を描くにも人間なんだよね。
おおひなた:例えば子どもの作文って「どこどこに行きました、あれした、これした、楽しかった」みたいなのが多いじゃないですか。読者が読みたいのはそういうものではなく、「そこで何を考え、どう気持ちが変わっていったか」なんですよね。今思えば、僕もそんな作文ばかり書いていましたし、読書感想文はあらすじばっかり。深く考えていなかったなと思って、自分を見つめ直したいというか。
上野:すごいなあ。のびしろはまだまだあるんだよ。ごう君は今いくつだっけ?
おおひなた:46歳です。
上野:俺もキャラクターものにも挑戦しようと思って、それに気付いたのが50歳前後……って遅いわ!(笑)。
おおひなた:それこそ、人間を描くなんて、自然とできているような若い作家もたくさんいるわけじゃないですか。すごいですよね。でも、年相応のマンガが描けるようになれればそれはそれでいいと思いますけど。
上野:そうだね。俺は、「あぁ、60歳で気付かずに、いま気付けてよかった」と思ってるけどね(笑)。
(注1)『目玉焼きの黄身いつつぶす?』のこと。「バウムクーヘン剥がして食べる?」「焼肉で白飯食べる?」……たかが食べ方と侮るなかれ。食べ方ひとつで人生の歯車が狂っていく? 食べ方=生き方を問い続け、累計20万部を突破した「コミックビーム」連載作。NHKでアニメ化もされた。
(注2)『とんかつDJアゲ太郎』原案:イーピャオ、漫画:小山ゆうじろう。「少年ジャンプ+」連載作。渋谷のトンカツ専門店『しぶかつ』の三代目・揚太郎が、初めて行ったクラブで「トンカツ屋もDJもグルーヴは同じ」という天啓を受け、イカしたとんかつ屋兼DJを目指す王道少年マンガ。
(注3)「写真時代」→末井昭が編集長を務めた白夜書房の雑誌。赤瀬川原平は自身の連載の中で、美学校「考現学教室」について度々触れていた。
(注4)太田垣康男→1967年、大阪府出身。尾瀬あきら、山本おさむのアシスタントを経て、アフタヌーン四季賞でデビュー。現在、「ビッグコミックスペリオール」で『機動戦士ガンダム サンダーボルト』連載中。
(注5)尾瀬あきら→1947年、京都府出身。代表作に『夏子の酒』『ぼくの村の話』など。社会の矛盾をはらんだ問題提起型の作品が多い。現在「ビッグコミックオリジナル」にて『どうらく息子』連載中。
取材・文/山脇麻生
「マンガの描き方本」を愛してやまない上野顕太郎氏。その偏愛が高じて、集めに集めた250冊もの「マンガの描き方本」をもとに、『暇なマンガ家が「マンガの描き方本」を読んで考えた「俺がベストセラーを出せない理由」』をこのたび、上梓。現在、絶賛発売中だ
「どうすれば、マンガで人を笑わせる事ができるのか?」。ただでさえ至難の技に思えるこの問いに、「それを人に教えるにはどうすればよいか?」という難題が加わったら? マンガ家ひとりひとりの流儀に目がないマンガ家・上野顕太郎氏が、京都精華大学マンガ学科ギャグマンガコースで講師を務めるマンガ家・おおひなたごう氏にこの問いをぶつけてみた!
――早速ですが、おおひなたさんは大学で何を教えていらっしゃるんですか?
おおひなた:僕が教えているのは主に発想やアイデアの出し方です。ギャグがメインですけど、ストーリーにも共通するところが沢山あって。例えば、簡単なキャラの作り方とか。
上野:おもしろそうだなあ。でも、どうやって?
おおひなた:今日は、3年前の入試用に僕が作った問題を持ってきました。まずは、
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