更新日:2017年06月05日 21:55
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戦時中はマンガさえ戦争の道具だった――「マンガの描き方本の歴史」4

『帽子男シリーズ』や『ギャグにもほどがある』など、作品ごとに惜しげなくアイデアを使い捨てるリサイクル精神ゼロのギャグ漫画家・上野顕太郎氏。実は「マンガの描き方本」を収集することをライフワークとし、現在、その数は200冊以上に及ぶという。  本連載は上野氏所有の貴重な資料本をベースに「マンガの描き方本」の変遷を俯瞰するシリーズである。マンガへの愛情たっぷりなチャチャと共に奥深いマンガの世界を味わいつくそう。 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 連載 第四回 上野顕太郎の「マンガの描き方本」の歴史  現在のマンガにおいて、SFやラブコメ、ギャグなどのジャンルは無限大にあるといっても過言では無いかも知れないかも知れない。いまや、ありとあらゆる職業にスポットがあたり、様々な年齢層の悩み、喜び、妄想、冒険譚が描かれているが、かつては、料理をネタにするマンガが珍しかった時代があった。  30年程前に編集者から「今、時代劇マンガは受けないよ」と言われた事があるが、それは、ジャンルに問題があったわけでは無い。「落語を見てつまらないと思ったらそれは、その落語家がつまらないのであって、落語がつまらないのではない」と柳家花緑さん(注1)もおっしゃっていた。「だとしたらかえってチャンスじゃないですか! 面白い時代劇マンガ作りましょうよ!」……なんて当時の私は言わなかったが、現在では面白い時代劇マンガはあるし、以前より制限が無くなっているように感じる。ジャンルの垣根が取り払われたのはマンガ表現にとって喜ばしい限りだ(ただし、描くのが困難なテーマが存在しない訳ではありませんが)。  このように、30年前でさえ存在していたジャンルの壁。時代を遡ってみると、その定義が随分、現在と違う事に驚かされる。大きく変わった分岐点は、クローズアップ等の映画的手法をふんだんに取り入れ、現在も流通しているマンガ形態のエポックメーキングとなった手塚治虫・酒井七馬著『新宝島』の登場であった事は論を待たぬ所であろう。ちょっとなら待っても良いであろう。 ◆「マンガにおけるジャンルの変遷」  それでは例を挙げて、かつてはどんなジャンル分けがなされていたのか紹介していこう。とはいえ、いきなり乾ききった体に冷たい水は毒だとお医者様に言われていたので……しまった! うっかり『あしたのジョー』白木葉子(注2)のセリフを書いてしまった。  とはいえ、いきなり戦前のマンガの種類の紹介では刺激が強いので、まずは昭和46年『まんが入門』赤塚不二夫・監修(小学館刊。出ました! しょうがくかんかん!)でのジャンル分けを見てみよう。これだってもう44年前の本で、十分古い。「まんがにはひとコマ、四コマ、ギャグ、ストーリー、それに劇画などの種類があり、(後略)」と、まずはざっくりとマンガを分類し、それぞれの解説の後に次のような具体的なジャンルを紹介している。 SFマンガをかこう   作例『サイボーグ009』石森章太郎(注3) 学園まんがをかこう  作例『くたばれ!!涙くん』石井いさみ(注4) 怪奇まんがをかこう  作例『おろち』楳図かずお(注5) 戦記まんがをかこう  作例『夜明けのマッキー』望月三起也(注6) 時代まんがをかこう  作例『忍者武芸帳』白土三平(注7) 少女まんがをかこう  作例『レモンとうめぼし』今村洋子(注8)  ラインナップをみると相当懐かしい感じもするが、各ジャンル共に表現形式は変わっているものの現在も描き続けられているものばかりだ。 ◆「こんなジャンルがあったのか!」  さてここからが本題。昭和も初頭の頃のマンガとなると、「マンガ」という表現形式の定義からして現在とは異なりますよ。まずは昭和17年『新理念 漫畫の技法』加藤悦郎(藝術学院出版部)(図1)から紹介しよう。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=716743
マンガの描き方本の歴史

(図1)昭和17年『新理念 漫画の技法』加藤悦郎(藝術学院出版部)より

 「諸君もご承知の如く、今日は統制の時代である。(中略)漫畫の分類にもまた、当然、より合理的な統制が断行されなければならぬ」という前置きがあり、提示されるジャンルが「時局漫畫 社会漫畫 生産漫畫 生活漫畫 婦人漫畫 小国民漫畫 厚生漫畫 学芸漫畫 人物漫畫 科学漫畫 連続漫畫」である。  はいっ、説明が無いとなんの事やら分からない。とはいえ、科学漫畫というのはSFマンガで連続漫畫というのは週刊や月刊の連載マンガの事かなと検討は付くし、古い言い回しだが、小国民というのは子供を指すので、子供マンガだなというのは分かる。しかしその他は分かったような分からないような。早速解説を見てみよう。「この十一種が、私の整理法による分類である。無論、これが絶対的なものであるとはまだ私自身も断言いたしかねる」との前置きがあり、各マンガの説明が次のようになされる。 「時局漫畫 (前略)一般的に政治漫畫と呼ばれるものを中心とし、対外的な問題を取り扱う國際漫畫等をも一括してこう呼ぶ(後略)」  この頃はカーツンと呼ばれる一枚の絵で表現される、今で言う一コママンガも隆盛を誇り、世相を風刺したり、庶民の生活や不満を描く作品も多く、ドーミエやゴヤ等の絵画作品もマンガの範疇として捉えられていたんですな。 「社会漫畫 社会的な諸問題を主題とする漫畫である。所謂世相漫畫もこの種に属する」  これ時局漫畫に含まれてもいいのでは? 「生産漫畫 これはその名称の示す如く、工場、農村、漁村、山村等における生産の諸問題を主題とする漫畫である(後略)」  分からんわ!! ちょっと昔だがエロマンガ以前の遊人描く『天高く豊かなり』(注9)って事!? 「生活漫畫 大小にかかわらず、生活一般の問題を取り扱う漫畫である(後略)」  成程、今で言うと、けらえいこ『あたしんち』(注10)だな? 「婦人漫畫 (前略)女性としての特異性という角度から観察した漫畫と規定する(後略)」  これはレディースという事か。 「小國民漫畫 単に小國民を主人公にする漫畫という意味ではない。(中略)小國民を教え、導き、育て慰める漫畫の事である。」  学研のひみつシリーズという事だろうか。違うだろうか。 「厚生漫畫 (前略)より深くスポーツの根本的意義を掘り下げ、そこから出発する國民体育の問題、または体育会の問題、更にまた國民の栄養問題、衛生問題、人口問題等を主題とする(後略)」  これは今で言うと……思いつかん! 「学藝漫畫 文藝、美術、演劇、映画、音楽上の諸問題を主題とする漫畫である(後略)」  今で言うと……色々あると思います。 「人物漫畫 所謂似顔漫畫。しかしこれは決して人物の顔を似せるだけの漫畫ではなく、人物そのものを描写すべきものだ。よって、似顔漫畫なる名称を廃して人物漫畫と呼ぶ」  ……これはもう筆者の考えですからね。 「科学漫畫 (前略)この漫畫の使命は、要するに、國民に科学する心を植えつけるにある。したがって、一知半解的な知識をもってしては、とうてい科学の名に値する作品が出来よう筈もない。(後略)」  どうやら、鉄腕アトムやドラえもんではなく、ハードSFという事なのか? 「連続漫畫 正確に云えばこれは、漫画の一つの形式に過ぎず(後略)」  最後だけ合ってた。 ◆「敵兵を不安にさせるためにエロ画が使われていた!?」  このような分類になるのも無理無く、本文中に紹介されている図版をみても、コマの連続で見せるものはあまりなく、あっても同じ大きさのコマが6~8個ある、といったもので、ほとんどが一枚絵にキャプションが付いている、所謂1コママンガばかりなのである。  昭和8年『漫畫講座 第一巻』(建設社刊)の分類も似たり寄ったりで、他には報道漫畫、ナンセンス漫畫、青春漫畫、挿画漫畫等が散見される。  この本でも参照画像は一枚絵がほとんどだ。時代的には北沢楽天(注11/図2)岡本一平(注12)がコマもののマンガを発表しているものの、現在のマンガと比べると、表現がおとなしい感じだ。絵物語のように、絵に文章が添えられており、吹き出しが使われていないものも多い。クローズアップ等の映画的技法が取り入れられるには、もう少し時を待たねばならないようだ。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=716744
マンガの描き方本の歴史4

(図2)昭和初期の北沢楽天のマンガ。絵物語のように絵に文章が添えられており、現代のマンガのようなフキダシもない

 今回は古いマンガの描き方本における分類について取り上げてみたが、他にも現在との違いに驚く点は多々あるので、いずれご紹介出来るかも知れないかも知れない。  それでは最後に、現在は無いにも程があるし、あったらやだなというジャンルを、昭和18年『漫畫の描き方』下川凹天(弘文社刊)(図3)から紹介しよう。 それは……「傳單漫画」である。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=716745
マンガの描き方本の歴史4

(図3)昭和18年『漫画の描き方』下川凹天(弘文社刊)より

 傳單(でんたん)(図4)と言っても何の事か分からぬご同輩も多かろうが、戦時中、敵国に戦意を喪失させるべく撒くビラの事なのですね。それがマンガの描き方本に一ジャンルとして掲載されていたという事実に驚愕を禁じ得ません。得ませんよね? ここ興味深過ぎるので、長文ですが、全文いかせていただきます。現在では不適切な文言もございますが、歴史的資料として御寛恕願っておきます。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=716746
マンガの描き方本の歴史4

(図4)傳單マンガの一例。傳單とはビラやチラシのことで、戦時中は敵国の兵士のやる気を削ぐために利用された

「我國で傳單を使用し始めたのは支那事変からで、陸軍報道部の太田天橋氏が最初であります。私は北支徐州戦の常時、陸軍報道部から依頼を受けて十二種の傳單を執筆しました。一種が四十万枚と云いますから四百万枚以上になるわけです。  報道部の濱田中佐が、その印刷物を手荷物にして飛行場から出発された。それが塹壕内の敵兵の頭上に散布されたので、それによって降伏したものが相当にあったそうです。プランはその濱田中佐が大体に立てられたが『お前たちは蒋介石に騙されてうまい事を云われて居るんだぞ』とか、『お前達の妻は故郷で浮気をしているぞ』とか、『蒋政権の金庫なんか空っぽじゃないか、戦うにも戦えない』等の漫畫を支那語で書いて強い赤、青、黒の三色を以て描いた。  傳單には、相当思い切ったエロ画も使用されます。それは敵兵の闘争心を混乱させ、不安状態に導くのが目的であります。この傳單は欧州戦にも使用されていて、英國側からはしばしば伯林(ベルリン)の空へ『ヒットラーの個人的野心に騙されていやしないか』の傳單を散布しているそうです」  戦争の話題になったついでに昭和25年『漫画学校』まつやま・ふみお(大雅堂刊)(図5)からも抜粋しておこう。 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=716747
マンガの描き方本の歴史4

(図5)昭和25年『漫画学校』まつやま・ふみお(大雅堂刊)より

「(前略)戦時中の漫畫はすべて情報局のサーベルの指揮でかかれたといってもいいすぎではありません。民衆に愛され、民衆の藝術として、民衆の敵であるものにむけられた漫畫は、ここにいたって不幸にも、民衆の敵にとりあげられ、民衆をだましたり、ごまかしたり、めくらにする武器としてつかわれたわけで、もし漫畫が生きものであったなら、くやし涙をこぼしたにちがいありません」  マンガに限らず、ある表現が戦争の道具に使用されるというのは不幸な事だ。戦後がこのまま戦後であるように、また世界中がやがて戦後になるようにと願いつつ、今回はおりこうさんのふりをして終わり! ※情報提供は、こちらに!⇒(https://nikkan-spa.jp/inquiry) 件名に「マンガの描き方本の歴史」と書いたうえで、お送りください。 (注1) 柳家花緑:落語家。人間国宝の故・五代目柳家小さん師匠の孫にして最後の内弟子。 (注2)白木葉子:原作・高森朝雄=梶原一騎、ちばてつや作画によるスポーツマンガの金字塔『あしたのジョー』に登場する白木財閥の令嬢で慈善家。後に白木ボクシングジムの会長になる。 (注3)『サイボーグ009』石森章太郎:特殊能力を持つ9人のサイボーグ戦士の活躍や日常を描く石ノ森章太郎(石ノ森改名前の石森時代に連載開始)の代表作。 (注4)『くたばれ!!涙くん』石井いさみ:バイクと青春を題材にした『750ライダー』を代表作に持つ著者が『週刊少年サンデー』で連載していたサッカーマンガ。 (注5)『おろち』楳図かずお:不老不死、念動力など不思議な能力を持つ美少女・おろちの放浪の日々と、そこで出会った人々の愚かさや人間の怖さを描いた心理ホラー。 (注6)『夜明けのマッキー』望月三起也:瑛太主演で映画化もされた『ワイルド7』などの代表作を持つ著者による日本人従軍カメラマンの物語。 (注7)『忍者武芸帳』白土三平:『カムイ伝』の著者による貸本時代の長編作。戦国時代における支配者層間の争いや被支配者層との衝突を描いた歴史群像劇。 (注8)『レモンとうめぼし』今村洋子:著者は日本の少女マンガ家の草分け的存在で、当時、人気を誇った。本作は『少女フレンド』連載作。 (注9)『天高く豊かなり』:『ANGEL』『桜通信』などの代表作を持つ遊人による農業マンガ。『週刊モーニング』連載作。 (注10)『あたしんち』:高校生のみかん、しっかりものの中学生ユズヒコ、陽気なおかんと無口な父の立花家の日常を描く。読売新聞の日曜版に掲載され、アニメ化、映画化もされた。 (注11)北澤楽天:日本で最初の職業マンガ家。『時事新報』『東京パック』にて多くの風刺一コママンガを、『時事漫画』にて多くの連載コママンガを発表した。 (注12)岡本一平:新聞や雑誌でマンガに解説文を添えた漫画漫文という独自のスタイルを築き、日本最初の漫画家団体である東京漫画会(後の日本漫画会)を結成した。 文責/上野顕太郎 上野顕太郎/1963年、東京都出身。マンガ家。『月刊コミックビーム』にて『夜は千の眼を持つ』連載中。著書に『さよならもいわずに』『ギャグにもほどがある』(共にエンターブレイン)などがある。近年は『英国一家、日本を食べる』シリーズ(亜紀書房)の装画なども担当。「週刊アスキー」で連載していた煩悩ギャグ『いちマルはち』の単行本が10月末発売予定 ※第四回は10月上旬に掲載の予定です。
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