「インポはマイナスじゃない。プラスだ」勃たない男は一日の始まりと終わりにおっぱいを揉んだ――爪切男のタクシー×ハンター【第二十三話】
―[爪切男の『死にたい夜にかぎって』]―
終電がとうにない深夜の街で、サラリーマン・爪切男は日々タクシーをハントしていた。渋谷から自宅までの乗車時間はおよそ30分――さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、密室での刹那のやりとりから学んだことを綴っていきます。
【第二十三話】スケベじゃなくなったとき、男は死ぬ。
「今日は死ぬのに良い日だ」――400戦無敗の経歴を持つ最強の格闘家ヒクソン・グレイシーは試合当日にこの言葉をいつも口にしていたのだという。それだけの覚悟をもって常に試合に臨んでいたのだろう。そんなヒクソンに倣って、私も相応の覚悟を込めて言いたいことがある。
「インポになってしまった」
ある日、同棲中の彼女の目を盗み、いつものように自宅のトイレで自慰行為に勤しんでいた私は、自分のチンポの異変に気が付いた。竿、亀頭、玉袋、あらゆる場所に刺激を与えてみても、チンポが全く奮い立つ気配がない。インポである。当時の私は、神々をオカズにすることにハマっており、天照大御神、七福神の弁天様、アルテミス、アフロディーテなど、いにしえの女神達を和洋問わずにオカズにする日々を送っていた。神はそんな私の愚行をちゃんと見ていたようで、しっかりと天罰を下されてしまった。
近所の泌尿器科を受診したところ「日々の精神的ストレスによるものと考えられます」との診断結果だった。私の日々とはいかがなものか。同棲中の彼女は心の病を抱えており、普通に働くことも難しい状態だった。現状を打破しようと一念発起した彼女は、精神安定剤の断薬に取り組んでいたのだが、その副作用によって錯乱状態に陥ることが多かった。夜中に半狂乱で泣き叫んだり、寝ている私の首を絞めてきたりと、それはそれはハードコアな毎日だった。仕事においても、家計の為に睡眠時間を削って働く日々がもう何年も続いており、精神と肉体の両面で私は限界を迎えていた。担当医が「どんなに辛くなっても、困った時の神頼みという安易な気持ちで、怪しい宗教に入ったりしないでくださいね」と優しく忠告してくれたが、神をオカズに自慰をしていた信仰心の欠片も無い私は、その点において何の心配もない。
最初は伝えるべきかどうか迷ったが、ひとつ屋根の下で暮らしている恋人同士なのだから、こういう話はちゃんとしておくべきだ。私は彼女に全てを伝えることにした。
「インポというものになってしまったよ」
「え……」
「精神的なストレスが原因かもって」
「ごめんね……私のせいだよね」
「そんなことはないでしょ」
「ちゃんと治るの?」
「さぁ……でも死ぬまでには治るでしょ」
「治す方法ある?」
「食生活変えたり、運動するのがいいってさ」
「……私にできることがあったら何でもするからね」
「ありがとね」
「……うん」
「インポの間、コンドーム代が浮くからさ、浮いた金で美味しいもの食べに行こう」
「……」
「……」
「……やだよ」
「ははは」
「……ねぇ」
「うん?」
「私、あなたが一生インポでも傍にいるからね」
「……俺は分かんないや」
『死にたい夜にかぎって』 もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー! |
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