鳩山元首相「北方領土は日本に返せない」は正しい!?  G20サミット日露首脳会談の行方

<文/グレンコ・アンドリー『ウクライナ人だから気づいた日本の危機』連載第20回>

鳩山元首相の北方領土返還についてのツイートが話題に

 鳩山由紀夫元首相が23日、自身のツイッターを更新し、北方領土返還について次のような見解を示しました。 「ウラジオストクの町のど真ん中に大戦の戦死者が刻銘された巨大な壁があった。モスクワ方面に駆り出されて戦死した方々だ。ソ連はナチスドイツとの戦いに2千万人の犠牲を払った。ロシア国民としては犠牲を払って奪った北方領土を、ナチスに協力した日本に簡単には返せないというのが自然な感情なのだ。」  彼が首相在任時から、とても一国の首相を務めた人物の発言とは思えないような言動を繰り返してきたことは、日本国民の誰もが知るところでしょう。今回のツイートについても、日本国民の多くは「オマエが言うな!」と憤ったことでしょう。後で述べるように、元首相がこのような発言をしてしまうくらい、現在の日本人の北方領土に関する見解は倒錯しています。  ただし、残念ながら、鳩山氏のこの発言はロシア国民の北方領土に対する考え方を正確に代弁しています。

プーチン大統領「北方領土を引き渡す計画ない」

 大阪市で開かれる20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、日露首脳会談が29日に行われる予定です。  早速、ロシアは20日、TU95爆撃機を飛ばして、沖縄・南大東島と東京・八丈島付近の日本の領空を侵犯しました。TU95は、敵の防空システムを通り抜いて、敵地の奥のインフラや産業を破壊することを目的とする長距離戦略爆撃機で、核兵器も搭載可能です。ロシアからしたら、G20の前の「ご挨拶」でしょう。  その二日後には、ロシア国営テレビが22日放映のプーチン大統領へのインタビューの内容をサイトで公開しました。プーチン大統領はロシアが実効支配する北方領土について、日本側に引き渡す計画はないとの認識を示しました。  これについて、日本のメディアは「日本側をけん制した」と報道していますが、これは鳩山氏がツイートしたように、けん制でもなんでもなく、ロシア国民の感情を代弁したまでです。

「北方領土を戦争で取り返す」発言の問題点

 ところで、2019年5月、北方四島の国後島へのビザなし交流の訪問団に参加していた衆議院議員の丸山穂高氏は、酒の席で島民の団長に、「戦争でこの島を取り返すことは賛成ですか? 反対ですか?」と質問し、団長が「いや、戦争はすべきではない」と答えると、「戦争しないとどうしようもなくないですか?」と言ったということが、問題になりました。  その後、他にも国会議員としての品位に欠ける発言をしていたことが明らかになりましたが、ここではそれらに発言については触れず、北方領土発言についてのみ論じます。  最初、この報道を知った時、私は「この議員はなんて無責任なんだ」と思いました。この丸山議員の発言は非常にまずい発言でした。なぜなら、ロシアを利する可能性があるからです。  一つには、日本にはこのような「戦争をあおる」政治家がいるとして、反日プロパガンダに利用される恐れがあるからです。  もう一つは、この発言によって、日本国民が北方領土を取り返すのを諦めることを誘発しかねないからです。「北方領土は戦争でしか取り返せない」⇒「でも、日本は戦争できない」⇒「だから、北方領土は諦めざるを得ない」。このような認識が日本国民の世論になるように、この発言を利用する可能性もあるでしょう。  私の祖国ウクライナでは、2014年3月にロシアがクリミア半島に侵略し、占領しました。ですが、さすがにウクライナでも、「クリミアを武力により取り戻せ」という考えは少数派です。なぜなら、軍事力を含め、ロシアの国力の方が強い現状で、武力で取り戻せる可能性がないのは明らかだからです。だから、ウクライナでは、財政破綻などでロシアが疲弊する機会を待つという考えの方が主流です。  結局、丸山議員の発言はロシアに利用されるばかりで、日本にとって何の利益にもならないということです。

ロシアに謝罪するなどもってのほか

 しかし、日本維新の会の対応もひどかった。維新の会は丸山議員を除名し、その後、立憲民主党ら野党6党で、議員辞職勧告決議案を国会に提出しました。  彼はまだ35歳の若手議員です。何度も注意や指導をしても問題発言が改まらないから除名する、議員辞職を促す、というのなら分かりますが、責任ある国政政党であれば、いきなり除名ではなく、まずは「北方領土返還のために何をすればいいか改めて考えなさい」と指導するべきだったと思います。  問題なのは、維新の会がロシア大使館へ訪問し、丸山議員の戦争で北方領土を取り返すことの是非に触れた発言について、ロシア大使に謝罪したことです。これは本当にとんでもない出来事です。  ロシアに謝るなど、もってのほかです。自国の領土を奪っている国の大使館に謝りに行くというのは、植民地の住民が、宗主国の総督府に謝りに行くようなものです。独立国家の政治家の行動ではありません。  そもそも日露関係を悪くしているのは、ロシアが日本の領土を占領しているからなのです。ロシアは既に70年以上、日本の領土を不法占拠している略奪国家です。このような国に対してなぜ謝罪をする必要があるのでしょうか。  それなのに、政治家もマスコミも評論家も丸山議員ばかり批判している。批判するところが間違っているのです。

日本人の北方領土に関する認識のおかしさが露わになった

 冒頭に述べたように、私は最初、丸山議員の発言を無責任だと思いましたが、彼の発言で逆に、日本人の北方領土に関する認識がいかにおかしいかということが露わになりました。もちろん、彼を弁護するつもりはありませんが、そういう意味においては、結果的に意味のある発言だったと言えなくもありません。  とにかく、政治家もマスコミも、いつまでも丸山議員の批判をしている場合ではありません。彼のことなどどうでもいいのです。政治家やマスコミがすべきことは、これをきっかけに、日本は北方領土をどうするつもりなのかという本格的な議論をすることです。  戦争で取り返さないのなら、どうすれば北方領土を取り返せるのか、いつ取り返せるというか、どれぐらいのスパンで考えて、取り返すのかという議論をすべきです。

北方領土を取り戻す方法は一つしかない

 それでは、北方領土を取り返すにはどうすればいいのか。これは拙著『ウクライナ人だから気づいた日本の危機』でも書きましたが、北方領土返還の方法について考える時に、大事なポイントは2点あります。  まず何よりも大事なのは「焦らない」ことです。返還の期限を設けて、「何年何月まで解決しなければならない」としてしまうと、日本は足元を見られて、相手、つまりロシアは譲歩せずに期限まで待てばいいということになります。そうすると、期限が迫ったら、日本は問題を解決するために領土を放棄しなければならなくなるからです。  そして、第二のポイントは立場を一貫して、全島全域返還という立場を崩さないことです。一度立場を崩してしまうと、元の主張に戻せなくなるからです。  では、返還の方法は具体的にどうすればいいのか。それは、今の力関係では返還は無理だと認識して、再軍備することです。そして再軍備と同時に返還に必要なさまざまな準備をすることです。例えばインフラ的な準備や、返還後の北方領土を管理する人材の育成を行う。そして常に北方領土奪還の訓練を自衛隊で行う。つまり、取り返せる実力を身につけることです。それがないと北方領土は取り返せません。  準備を万全にして、機会を伺うのです。ロシアは将来必ず弱くなります。弱くなった時、実力で取り返すか、実力を背景にロシアに全島返還を迫るのです。それは十分可能な展開ですが、その力を持てるかどうかは日本の頑張り次第になります。

ロシアが弱体化するまで適当に付き合って時間をかせげ

 それでは、北方領土返還の機が熟すまで、ロシアとどう付き合うべきでしょうか。  それは簡単です。日本に力がない間は、ロシアに対して強く主張する必要はありません。領土問題における立場を崩さずに、また、ロシアを支援せずに、適切な距離を保って外交関係を続ければいいのです。深入りをせずに、国際的な礼儀だけを守り、適当に付き合ったらいい。ロシアの言うことには適当に頷いておけばいいのです。  間違ってもロシアに中国抑止を期待して、経済支援などしてはいけません。中国抑止にロシアが協力することは絶対にありません。これは日本の評論家も勘違いしているようですが、中国とロシアは事実上の同盟国であり、経済関係も深いからです。  ですから、ロシアへの経済支援がもたらすのは、決して中露への楔や北方領土返還ではなく、「ロシアの強化」です。もし日本の支援によってロシアが強くなれば、中国と同じように侵略の牙を日本に向けるでしょう。これでは北方領土返還は遠のくばかりです。    長年、ロシアに支配されてきたウクライナ人だからこそ、断言できます。ロシアを絶対に信じてはいけない。これが最も現実的であり、最も日本の国益に適うロシアとの付き合い方なのです。 【グレンコ・アンドリー】 国際政治学者。1987年、ウクライナ・キエフ生まれ。2010年から11年まで早稲田大学で語学留学。同年、日本語能力検定試験1級合格。12年、キエフ国立大学日本語専攻卒業。13年、京都大学へ留学。19年3月、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程指導認定退学。アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門優秀賞(2016年)。ウクライナ情勢、世界情勢について講演・執筆活動を行なっている。最新刊は『ウクライナ人だから気づいた日本の危機――ロシアと共産主義者が企む侵略のシナリオ』(育鵬社)
1987年ウクライナ・キエフ生まれ。2010~11年、早稲田大学へ語学留学で初来日。2013年より京都大学へ留学、修士課程修了。現在、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程で本居宣長について研究中。京都在住。2016年、アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門で「ウクライナ情勢から日本が学ぶべきこと――真の平和を築くために何が重要なのか」で優秀賞受賞。月刊情報誌 『明日への選択 平成30年10月号』(日本政策研究センター)に「日本人に考えてほしいウクライナの悲劇」が掲載。
ウクライナ人だから気づいた日本の危機――ロシアと共産主義者が企む侵略のシナリオ

倉山満氏推薦! 「日本よ――第二のウクライナになる前に覚醒せよ! 著者の祖国ウクライナは2014年にロシアに侵略された。 彼は日本に来て、国民の平和ボケと危機への無関心ぶりに驚き 警鐘を鳴らしてくれた。」

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