“スター誕生”バックランドのスマイル――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第25回

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 その日、“スーパースター”ビリー・グラハムは左足を大げさにひきずりながらマディソン・スクウェア・ガーデンのドレッシングルームに現れた。グラハムは神妙な顔つきで「スペクトラムでヒザをケガしてしまった」とビンス・マクマホン・シニアに伝えた(1978年2月20日)。

“スター誕生”バックランドのスマイル

ボブ・バックランドのニックネームは“エブリワンズ・オール・アメリカン・ボーイ”だった。バックランドのすぐよこにはジミー・カーター大統領(当時)がミスター・レスリングⅡにヘッドロックをかけているめずらしい写真がレイアウトされている。カーター大統領のお母さんが大のプロレスファンで、地元アトランタではたびたび試合会場に顔をみせていたという。(写真はマディソン・スクウェア・ガーデン会場売りプログラム表紙=1978年2月20日号)

 スペクトラムでの試合とは、2日前にペンシルベニア州フィラデルフィアのザ・スペクトラムでおこなわれたブルーノ・サンマルチノとのケージ・マッチ(エスケープ方式)のことだった。

 “ロードショー公開中”のグラハムとサンマルチノの定番カードは、東海岸エリアの各都市でコンスタントに1万人クラスの大観衆を動員していた。

 フィラデルフィアでは前年9月に因縁マッチの第1ラウンドがおこなわれ、グラハムが出血多量でTKO負け(タイトルマッチ・ルールで王座移動なし)。第2ラウンド(1977年12月10日)もグラハムがカウントアウト負けを喫したが、この試合もタイトルマッチ・ルールでグラハムがまんまとWWEヘビー級王座をキープした。

 完全決着戦としてラインナップされたケージ・マッチはスペクトラムを完全ソールドアウトにし、この日、フィラデルフィアの地元テレビ局の夜のニュース番組は「チケットを買えず入場できなかったファンがアリーナの外に8000人」と報じた。グラハムとサンマルチノの因縁ドラマは文字どおりの“ドル箱カード”だった。

 試合は、序盤戦からサンマルチノが攻めつづけ、グラハムは試合開始から5分経過の時点で金網に額を打ちつけられてまたしても大流血。コーナー・サイドでサンマルチノがマシンガン・キックを打ちまくると、グラハムはケージのドアからすべり落ちるように場外へ転落。ここで試合終了のゴングが鳴った。グラハムの“エスケープ成功”がコールされ、サンマルチノは「しまった」という表情を浮かべた。

 この試合でグラハムがほんとうにヒザを負傷したかどうかはいまとなってはわからないし、歴史的な“いきさつ”としてはそれほど重要ではない。グラハムがビンス・シニアに「ヒザをケガした。きょうは試合はできないかもしれない」と話したというエピソードだけが“伝説の会話”として語りつがれている。おそらく、グラハムがダダをこねたことは事実なのだろう。

 ビンス・シニアはグラハムに「タイトルマッチは予定どおりおこなう」とだけ返答し、側近のゴリラ・モンスーンにグラハムの左ヒザをテーピングでぐるぐる巻きにするよう指示したとされる。

 それから、ビンス・シニアはベビーフェース・サイドのドレッシングルームに向かい、そこでボブ・バックランドに「試合がはじまったら、まずグラハムのヒザを攻めろ」と伝えたという。大ボスはグラハムからの“経過報告”をまったく信じなかった。

 グラハムはこの日、まるでベビーフェースのような純白のロングタイツをはいてリングに上がってきた。バックランドのコスチュームは無地の黒のショートタイツに黒のリングシューズというシンプルなものだった。色そのもののイメージとしては、たしかに白が正統派で、黒が悪役である。グラハムにとってはギリギリの自己主張だった。

 “エブリワンズ・オール・アメリカン・ボーイ=みんなのアメリカ少年”バックランドは、グラハムをアトミックドロップの体勢に抱えあげるとコーナーからコーナーまでの対角線をいっきに走り抜け、グラハムの尾てい骨をみずからのヒザにたたきつけた。

 バックランドがカバーに入ると、グラハムはカウント3のタイミングと同時に右足をサードロープに乗せた。しかし、レフェリーはすでに3回、キャンバスをたたいていた。ロープに両足を乗せての“反則エビ固め”でサンマルチノから疑惑のフォールを奪ってチャンピオンになったグラハムが、こんどはロープに泣いた。アメリカ英語ではこういう結末をポエティック・ジャスティス(誌的正義、因果応報)と呼ぶ。

 “スター誕生”の瞬間だった。ガーデンに集まった2万人の大観衆は、新チャンピオンのバックランドに納得の拍手を送った。(つづく)

斎藤文彦

斎藤文彦

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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