「さっきのバンダナの彼、ビリー・グラハムでしたっけ」だって――フミ斎藤のプロレス読本#025【ロード・ウォリアーズ編10】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
1993年
待ち合わせをした六本木のバーに、とってもきれいだけれどどういう仕事をしている人なのか皆目わからない女性を連れてホークが現れた。
どの程度の関係なのか知らないし、そんなことをいちいち根掘り葉掘り聞いてもしようがないけれど、いつも「ネバー・ゲット・メアリード・アゲインNever get married again(結婚なんて二度とするもんか)」といってるだけあって、あちこちにカジュアルな女友だちをつくっているみたいだ。
ホークには女難の相が出ている、とぼくは考えていた。つい最近まで、自宅のクローゼットにホンモノのマシンガンを隠し持っている、たいへん物騒な女性と仲よくしていた。
そのまえはハーレーを乗りまわしている女性に熱を上げていたし、子持ちのダンサーと抜き差しならぬ関係にあったこともある。ようするに、フツーの男性だったらちょっと手に負えないような女性にコロッとまいってしまうのである。
そして、ニューヨークとかトーキョーとかとてつもなく大きな都会でのちょっとした出逢いにときめきを感じてしまうらしい。
「プロレスラーになって、いまがいちばんハッピーだ」とホークはいう。
ロード・ウォリアーズに変身する以前の下積み時代も計算に入れると、プロレスのキャリアは11年になる。過ぎ去ってみると、アニマルとの9年間はあっというまのできごとだった。
有名になれたし、いいお金も稼げたが、けっきょくハーモニーを感じることはできなかった。
ホークがいうところのハーモニーとは、信頼できる仲間や安心して友だちと呼べる人たちといっしょにたくさんの時間を共有すること。もう十分にビッグネームになったから、顔を売ったり小金をつくったりするために付け焼刃な策を弄する必要もない。
どうやったらピース・オブ・マインドpeace of mind(心の平和、やすらぎ)を手に入れられるかを考えたい。
ぼくはバーボン・ソーダを、ホークはドラフト・ビールを注文した。美人のガールフレンドはノー・シュガーのアイスティーを飲んでいたが、そこがまた不気味だった。
「なあ、トーキョーも変わったよな。10年まえはみんなネイビーブルーやグレーのスーツを着て歩いていたのにな」
「サラリーマン、のこと?」とぼく。
「それに、昔は日本の女性ってのは男の後ろを5メートルも離れて歩いていたもんだぜ、なあ?」
いくらなんでも、それは誤解というものだろう。だいたい、ホークが初めて日本に来たのは10年まえではなくて、正確には8年まえだ。まあ、人間の記憶だからマイナーなディテールはあやふやでもかまわない。
ホークは、自分がトーキョーの息づかいをよく知っているという意識を持っていた。
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