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“サマースラム98”in MSG――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第296回(1998年編)

サマースラム98・オフィシャル・ポスター

“サマースラム98”のオフィシャルPPVポスターは、怪獣サイズのストーンコールドとアンダーテイカーがマンハッタンで大暴れいているイラスト。アメリカ人が大好きなゴジラ・ムービーのイメージか(写真はサマースラム98・オフィシャル・ポスターより)

 マディソン・スクウェア・ガーデンの正面玄関のマーキー(看板)の上で全長15メートルくらいのストーンコールド・アドバルーンが仁王立ちしていた。あんなに大きくてコワイ顔をした人形だったら、3ブロック離れたところからだってそれがなんであるかははっきりとわかる。

 ボルドヘッド(ハゲ頭)でおしゃべりが達者で目つきの悪い大男がそころじゅうでニラミをきかせていた。ごくフツーの人びとが“AUSTIN3:16”とか“STONE COLD”とかプリントされた黒のTシャツを着てそのへんを歩いていた。レコード屋さんやビデオ・ショップに行くと、カスタマーの目にとまりやすいところにあたりまえのようにプロレス関連のポスター、ポップ広告がディスプレイされていた。

 Tシャツ屋さん、ギフト・ショップで人気のアイテムはやっぱりストーンコールドものということになるらしい。ちょっと気の利いたショップならゴールドバーグ、nWo、DXあたりのTシャツも売っていた。

 アメリカは何度めかのプロレス・ブーム――テレビもラジオもなかった1900年代にも、第一次世界大戦後の1920年代にも、第二次世界大戦後の1940年代後半から1950年代前半にかけても、“1984体制”の1980年代前半にもブームがあった――を迎えていた。毎週月曜の夜に放映のふたつのプロレス番組“ロウ・イズ・ウォー”(USAネットワーク)と“マンデー・ナイトロ”(TNT)が、つねに視聴率チャート(ケーブルTV部門)の上位を独占していた。

 ストーンコールドが『TVガイド』誌の表紙に登場したり、MTVの粘土アニメのキャラクターになったりしていた。アメリカじゅうが古くて新しいスポーツ・エンターテインメントをおもしろがっていた。

 夏のスーパーイベント“サマースラム”の10周年アニバーサリー大会(1998年8月30日=1988年の第1回大会から数えて通算11回めの開催)は、ニューヨーク・ニューヨークのスポーツの殿堂マディソン・スクウェア・ガーデンで開催された。

 “サマースラム”の第1回大会(1988年8月29日)の舞台もMSGで、このときのメインイベントはメガ・パワーズ(ハルク・ホーガン&“マッチョマン”ランディ・サベージ)対メガ・バックス(“ミリオンダラー・マン”テッド・デビアス&アンドレ・ザ・ジャイアント)のスペシャル・タッグマッチ。カード編成としては同年4月に開催された“レッスルマニア4”の続編になっていた。

 “サマースラム98”のメインイベントは、“ストーンコールド”スティーブ・オースチンにジ・アンダーテイカーが挑戦したWWE世界ヘビー級選手権と“ザ・ロック”ロッキー・メイビア対ハンター・ハースト・ヘルムスリーのインターコンチネンタル選手権“ラダー・マッチ”の2試合。メイビアが“ザ・ロック”として驚異的な大化けモードに突入したのはこの試合からだった。

 ストーンコールド対アンダーテイカーのタイトルマッチは、まぎれもなくこの時点でのWWEの頂上対決。3月の“レッスルマニア14”から同大会までの5カ月間はこの試合に向けてのストーリーラインだけに費やされてきたといっても過言ではなかった。

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この日、ガーデンは超満員札止めの1万9066人の大観衆を動員

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