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男たるもの女という花を引き立たせる最高の花瓶でありたい――爪切男のタクシー×ハンター【第二十九話】

 一ヶ月後、事件が起こった。  池田君が救急車で運ばれた。屋上から飛び降りたとか誰かに暴行されたからという物騒な理由ではない。サルビアの蜜の吸い過ぎで目を回して倒れたのだ。サルビアの蜜はただ甘いだけでなく少量の毒素も含まれているからだという。そうでなくとも吸い過ぎはよくない。  私が通っていた小学校は、県下で開かれている「花いっぱいコンクール」の金賞常連校だった。そのコンクールは、どれだけ草木や花に囲まれた自然豊かな学校環境作りに取り組んでいるかを競うものだった。その為、わが小学校は校庭の至る所に美しい草花が生い茂り、正門近くには立派な桜の木をデンと構えていた。なかでも、サルビアが無数に咲き乱れる花壇はわが校の名物だったのだが、池田君がそのほとんどを吸い尽くしてしまった。彼が吸ったサルビアの花はゆうに100は越えていただろう。昨日まで血のように真っ赤だった花壇が、見るも無残な焼け野原に変わっていた。  先生やクラスメイトは池田君のことを異常者とみなして恐怖に震えていたが、私だけが笑っていた。たった一人で学校の権威を脅かした彼のことを戦士として尊敬した。かといって、距離を詰めて親しくすることはできず、その後も私と池田君が口を聞くことは一切無かった。だが、私と池田君は確かに友達だった。私はそう思っている。  さて、その年の「花いっぱいコンクール」だが、池田君の妨害にも負けず、学校とPTAが血眼になってサルビアの移植作業を行った結果、例年通りの金賞を受賞した。目先の栄誉の為に必死になっている大人達の様子が情けなくて、また笑えた。  時は流れ、池田君と音信不通のまま私は大人になった。同窓会などの集まりにも彼が姿を見せたことはない。なんとなく、この先もう二度と会うことはない気がする。たまにサルビアの花を見かけるたびに、あの頃の池田君の笑顔を思い出して笑ってしまう。と同時に、あの時一緒に蜜を吸って笑い合えなかった自分、本当は一緒に遊びたいことを素直に言えなかった自分を情けなくも思うのだ。
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タクシーの運転手と「花」について話した
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死にたい夜にかぎって

もの悲しくもユーモア溢れる文体で実体験を綴る“野良の偉才”、己の辱を晒してついにデビュー!

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