男たるもの女という花を引き立たせる最高の花瓶でありたい――爪切男のタクシー×ハンター【第二十九話】
ある日の仕事帰りのタクシーで、南原清隆によく似た運転手と「花」について話をした。
「一緒に住んでる彼女が花を育てるとか言うんですよ」
「ほぉ! いいじゃないですか。綺麗な花を見ていると心が安らぎますからね」
「それは分かるんですけど、飽き性のあいつに最後まで育てられるとは思えないんですよ」
「いいじゃないですか、彼女さんを信じてあげてください」
「まぁ、何もしないで家で寝てるのに比べたらいいですけどね」
「そうですか? 若い彼女さんなら、何もしないでも居るだけで花になるじゃないですか?」
「花ですか? あいつが?」
「そうですよ。自然の花も綺麗ですけど、やっぱり生きてる女性が一番綺麗な花です」
「歳を取ってババアになってもですか?」
「歳を取った女性は、花ではないですが、薬草のように心の健康を整えてくれますよ」
「そんなものですかねぇ」
「……」
「……」
「……女は花、男は花瓶ですよ」
「どういう意味ですか?」
「綺麗じゃない花なんてめったにありません。花は綺麗なものです。だからこそ花を入れる花瓶が大事なんです」
「なるほど……」
「花を引き立たせるのは花瓶次第、男は常に女という花を立てないといけませんからね」
「……私は彼女にとってあんまりいい花瓶ではないかもしれないです」
「……そう思っているだけで充分だと思いますよ」
彼女にとって本当に最高の花瓶ってなんだろうなぁと、しんみりしながら帰宅した私に対して彼女が無邪気に言い放つ。
「花は食べられないから育てるの止めた! ネギかプチトマト育てる!」
その言葉に私は笑みをこぼした。
「お前はバカだから知らないと思うけど、食べられる花もあるんだぞ。サルビアの蜜とか美味しいしな。サルビアっていえば、昔な、池田君って奴がいてさ……」
私は、誰にも話したことがなかった池田君の話を愛しい彼女に話し始めた。
花屋で人気の花ではないけども、道端に咲いている少し変わった花かもしれないし、結婚式よりも葬式に似合う花かもしれないし、不吉な言い伝えがある花かもしれないし、そもそも花じゃなくてネギかもしれない。そんな女だけど、私が最高の花瓶でいてやろう。どうしようもない私は花瓶じゃなくて大関のワンカップかもしれないけど、ワンカップに挿さっているのが一番似合う花だってあるだろう。その日だけは、心に強くそう思った。
文/爪 切男’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman
イラスト/ポテチ光秀’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu
※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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