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覚せい剤の幻影に追われて…生粋の愚連隊・メンチが去った“あの夏”【沖田臥竜が描く文政外伝~尼崎の一番星たち~】

覚せい剤の幻影に追われて…生粋の愚連隊・メンチが去った“あの夏”【沖田臥竜が描く文政外伝~尼崎の一番星たち~】

果たされなかったメンチとの約束

 翌日、けたたましく鳴り響くブッチャーからの電話で叩き起こされた。 「兄貴、メンチが、、、メンチが死にました、、、」  時が止まるとは、この事をいうのだろう。私は一瞬ブッチャーが何を言っているのか分からなかった。  ブッチャーとメンチの朝は、異様に早い。その日、ブッチャーは電話に出ないメンチの家のインターホンを激しく鳴らしたらしい。だが中から応対がまったくない。ドアを叩いてもそれは同じだったという。訝しんだブッチャーは、管理人を叩き起こし、メンチの家の鍵を開けさせた。  メンチは、室内で背を向けて座っていた。その背にブッチャーは、声をかけた。 「おいっ!メンチっ!おんのやったら、返事せんかいっ!」  ブッチャーは、ドカドカと上がりこみながら、声をかけたが、メンチはいつまで経ってもふり向こうとしなかったのだった。  メンチは、座ったまま冷たくなっていた。死因は心筋梗塞。私はブッチャーからの電話を切ると、うずくまっていた。  ブッチャーもそうだが、メンチにも私は腐るほどの厄介ごとを持ち込まれ続けてきた。 「おどれこらっ! そんなにオレの言うこと聞かれへんのやったら、出て行きさらせっ!」  と何度もどやしつけたこともあった。 「あ~あっ、そうかいそうかいっ! 出っていったらっ! 世話なりましたなっ!」  と言い返してきても、必ず翌日の午前10時になると何事もなかったように定期連絡が入った。 「兄貴~ご苦労はんですっ~。なんぞ変わりありまへんかっ~」  いつの間にか、私は泣いていた。嗚咽を漏らしながら、なきじゃくっていた。 「沖ちゃん、、、どしたんっ?何かあったん?」  震える私の背に、ひかが話しかけてきたのだが、ちょっと一人にさせてくれっ、というのが精一杯だった。  なんでメンチまで死んでまうねんっ、運転手してくれんのとちゃうかいっ!  なんで、なんで死んでまうねんっ! なんでやねん、、、なんでやねん、、、なんで、、、  涙はとめどなく流れ続けたのだった。  次の日になっても、次の次の日になっても、もう二度とメンチから定期連絡が入ることは、なかったのだった。  暑くて、狂ったような夏の終わり。駆け抜けるように生粋の愚連隊が一人。この世に別れを告げていった。 【沖田臥竜】 76年生まれ、兵庫県尼崎市出身。元山口組二次団体最高幹部。所属していた組織の組長の引退に合わせて、ヤクザ社会から足を洗う。以来、物書きとして活動を始め、R-ZONEで連載。「山口組分裂『六神抗争』365日の全内幕」(宝島社)に寄稿。去年10月、初の単行本『生野が生んだスーパースター男、文政』(サイゾー)を敢行した。
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生野が生んだスーパースター 文政

ヤクザ、半グレ、詐欺師に盗っ人大集合。時代ごときに左右されず、流されも押されもしない男達が織りなす、痛快ストーリー。

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