互いの人生が入れ替わっても大丈夫
――お互いの書く文章を、意識しあったりすることはありますか?
爪切男:俺は、こだまさんの本にすごく励まされましたよ。本を書いているとき、担当編集の高石さんから毎回ものすごい量の赤字が返ってくるので、俺はもう日本人じゃないんだなと思って(笑)。自分が普段、どれだけ適当に日本語を使っていたかを痛感させられました。
――そんなとき、こだまさんの本が励みになった?
爪切男:電話で高石さんに「もっと情景描写を入れてください」と言われて、「家にある本とかを参考に」と言うので後ろを振り向いたら、プロレスラーの本しかなくて絶望したんですけど。そんなとき、こだまさんはどんな風に書いてるんだろうと改めて読み返してみたら、めちゃくちゃ美しい日本語で、すごく参考になったんですよ。とにかくすごかったんですから、高石さんからの赤字が。
こだま:根に持ってるの?
爪切男:根には持ってないです(笑)。
編集・高石:いや、全部「ら抜き言葉」だったりしたので、そういうところで赤字が多くなってしまって。
爪切男:何回返ってきても赤字が減らなくて。最後の最後、印刷所に入れるギリギリまで修正しまくって、デザイナーの江森丈晃さんには相当ご迷惑をおかけしました。
編集・高石:印刷所ってこんなに待ってくれるんだなってくらい、ギリギリでしたね。
爪切男:土壇場になって、登場人物の名前を変えたりしましたから。
編集・高石:それは、爪さんが本名で書くからですよ。
爪切男:本の中に出てくる純喫茶の店員のおばちゃんの名前を、「たぶんもう亡くなってるからいいかな」と思って、最初本名で書いてたんですけど、「いや、よくないから」って言われて(笑)。
――ところで、おふたりの文章からは、根底に流れているものが共通しているように感じられます。例えば、土地や血縁など、動かせないものに縛られているところとか。
爪切男:こだまさんは、生まれた土地に対してすごく愛着があるのが、俺との違いですね。俺の本には、香川県の人がほとんど出てこないですから。「ものにはいろんな見方がある」が親父の教えだったから、小学生のときから讃岐うどんを疑ってましたし。うどん屋のせいでめちゃくちゃうまいラーメン屋が潰れたときは、讃岐うどんを恨みました。
――それから、困難な状況に陥っても、「試されている」と感じて楽しもうとするところもお2人は似ています。不幸を不幸と思わない天才というか。
爪切男:これも親父から教わったことですけど、悲しんでいても借金は減らないし、顔に出たニキビもなくならないんでね。どうしようもないことは楽しむしかない。
こだま:その状況から逃げるのにも勇気がいるんですよ。だから、その場にいるなら楽しまないと耐えられない、というのはあったかもしれません。でも、だからいろんなことに巻き込まれてしまうんですけど。
爪切男:こだまさんは、(災難を)呼びますよね。
こだま:普通の人なら「これは嫌です」とはっきり言って避けられることを、私は断れないから災難に遭う。偶然じゃなくて自業自得なんですけど、「試されているから、乗り越えなきゃ」と勝手に思ってしまうんです。
爪切男:でも、変な話ですけど、映画の『転校生』みたいにお互いの人生が入れ替わっても、なんとかなってたんじゃないかって気がしますね。まあ、こだまさんが俺になったら、外見でだいぶ苦労すると思いますけど。その代わり、人に顔を覚えてもらいやすいんで、そこは得ですよ。俺、飲食店ではいつも同じメニューしか頼まないんで、この顔で毎回同じものを頼むから、すぐに顔を覚えてもらって仲良くなれるんです。世の中にはいろいろしんどいことがあるけど、見方を変えれば、そのぶん得することもある。こだまさんも、人生いろいろあったけど、現状で計算したらプラスなんじゃないかなって思いません?
こだま:そうですね。結局は、いろんなことがあったから今こうして本を出せているわけで。書くことも楽しくなっているし。
爪切男:こだまさん、どんどん元気になっていってる気がします。以前は、そんなに胸元の開いた、シックな色の服は着てなかったですもん。
こだま:開いてないよ(笑)。
爪切男:だって、最初に会ったとき、胸に首を固定する器具つけて現れましたから。
こだま:それは最初の出会いがひどすぎたんです。たかさんにも、「最近調子に乗ってる」ってちょくちょく言われるんですけど。
爪切男:俺も、今回の出版でインタビューを受けた記事がネットに公開されると、だいたいたかさんから感想がきます。この前は、「爪がめちゃめちゃしゃべっている」って(笑)。
こだま:「A4しんちゃん」の他の3人からの監視の目があると思うと、寒いことを言ったり変なことを書いたりしないようにしなきゃ、とがんばれますよね。
爪切男:常に見てくれている人がいる、というのはすごくありがたいことです。本を出版してみて初めて、こんなに読んでくださる人がいるんだということに気付きました。twitterやアマゾンでの感想を読むとその実感があります。本屋さんもそんなに展開してくれないだろうなと思っていたら、アホみたいに陳列してくれるクレイジーな千葉の本屋さんとかあって。あと、ずっと住んでいる中野の本屋さんにも自分の本が並べられているのを見て、ちょっと感動しましたね。
爪切男著『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)。1188円
こだま著『ここは、おしまいの地』(大田出版)。1296円