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登山家・栗城史多さん、35歳で死去。「ゴールは死ぬとき」と語っていた熱い思い

 5月21日朝、登山家・栗城史多さん(くりき・のぶかず、35歳)がエベレストのキャンプで亡くなっているのが確認されたという。事務所は公式フェイスブックで「低体温で息絶えていた」と発表した。

登山家・栗城史多さん

登山家・栗城史多さん(撮影/岡村隆広)

 栗城さんといえば、単独登頂、無酸素(※)という独自のルールを自分に課し、周囲から“無謀な挑戦”と批判を受けながらも山に挑んでいた。2012年には両手、両足、鼻が重度の凍傷となり、9本の指先を失った。それでもエベレストの頂点を目指していた……。

※栗城は「ベースキャンプから一人で登ること」を単独、「8000m以上の高峰に酸素ボンベを使用しないで登ること」を無酸素と定義している。

 なにが彼を突き動かしていたのか。週刊SPA!では2015年にエベレスト再挑戦に向けてトレーニングを積む栗城さんを直撃インタビューしていた。今回は、そのなかから印象的な言葉をピックアップする。

ヒマラヤ

「みんながみんなの夢を応援し合える社会をつくりたい」


 大学の山岳部に入った20歳の頃から登山家としてのキャリアをスタートした栗城さん。そもそも単独の登山をはじめた理由を、「山をより身近に感じたいと思ったからです。集団で登れば安全性は高められるし、不安や恐怖、苦しみもシェアできます。でも一人の場合だと、苦しみも100%受け止めなければいけないし、孤独とも向き合うことになる。だからこそより大きな学びや成長があると思うんです」と話していた。

 とはいえ、栗城さんはただ山に登るだけではなく、その様子を動画生中継し、ときには誹謗中傷されながらも「冒険の共有」という活動を行っていた。

「でも下山した後にメッセージを見たら、誹謗中傷した同じ人から全く違う言葉をもらったんです。それが『ありがとう』の一言で。それを見て、頑張る姿を生中継して冒険を共有すれば、それがメッセージになることに気づいたんです」

 その活動・発信を通して、「本当の登山でなくても、みんなに“地上の山登り”をしてほしい」と語っていた。要するに、夢を持つ子どもたちはもちろん、だれもが日常生活のなかで大きな困難にぶつかることもあろうが、「それは無理だよ」と決めつけずに、挑戦してほしいということだったのではないか。

「僕にとって冒険の共有が重要なんです。エベレストに単独・無酸素で登ることは本当の目的じゃないし、ゴールでもない。みんながみんなの夢を応援し合えるムード、社会をつくりたいんです」

「ゴールは死ぬときじゃないですかね」


 とはいえ、栗城さんにとっての“ゴール”とはなんだったのだろうか。彼は「挑戦は死ぬときまで続けていきたいと思っているので、ゴールはそれこそ死ぬときじゃないですかね」と答えていた。

 多くの困難に直面しながら、立ち向かってきた栗城さん。その姿が、多くの人に勇気と感動を届けたことは間違いない。編集部一同、心よりご冥福をお祈りする。<文/日刊SPA!取材班>

※コメントは2015年の『週刊SPA!』9月8日号のインタビュー連載「エッジな人々」から引用したものです




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