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朝のパチンコ店で行われた、生死をかけたくじ引きと“絆の6”――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第4話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! 【第4話】もうすぐ死ぬメロさんと絆の6 「俺はもうすぐ死ぬからさ」 それがメロさんの口癖だった。なかなか衝撃的なセリフで、初めて聞いたときはかなり面食らったものだった。 メロさんは「もうすぐ死ぬ」と言えば何でも免罪符になると考えている節があり、ことあるごとにそのセリフを口にし、僕らを困らせていた。いや、実際のところあまり困ってはいなかった。でもまあ、困っていた。 八王子駅の北口には多数のパチンコ屋があり、早朝の9時近くになると駅前は大混乱となる。まず、フレッシュな大学生の列が北口の外れに形成される。郊外の大学へと向かう専用バスの列だ。 きっと希望と向上心に燃えているに若者ばかりに違いない。それと同時にパチンコ屋の開店を待つ小汚い列も近くに形成される。そこら中にツバとか痰とか吐きまくって希望も何もあったもんじゃない列だ。こうして朝の八王子駅北口には希望と絶望、向上心に痰、それらが交錯するカオスが形成されるのだ。 「俺たちはクズ中のクズだからよ」 メロさんはパチンコ屋の列に並びながら、そこにいる面々を代表するかのように言っていた。確かにそうだと思った。僕らから見ると、パチンコ屋の開店行列に並ぶという行為は総じてまあまあのクズだ。ただ、その中にあってもそこには大きな差異があるのだ。クズの中の優劣とでも言うべきか。 駅前の華やかなパチンコ店に並ぶ人たちは、どこか華があった。若い人たちで、金色のラインの入ったジャージとか着て、口々に「ワンチャン! ワンチャン!」言っているイメージだ。そう、彼らはクズの中でも華がある。 その反面、僕らが並ぶこの店は、駅から信じられないほど遠く離れ、今にも朽ち果てそうな外観をしていた。傘置き場に盗難防止用のロックがついていたけど、ちょっと力を込めるとすべてのロックが外れるという調子で、あらゆる設備が老朽化した店だった。完全に華がなく、枯れ果てている。クズの中のクズ、それがこの行列に並ぶ面々だった。 金色ジャージたちが並ぶ駅前の店は、多い日は200人くらいが行列を成すが、僕らが並ぶ店はどんな時でも9人が精いっぱいだった。しかも微妙にくたびれたメンツばかりで、謎のポロシャツを着たおっさんばかりだった。誰も金色のラインなんて入っていなかったし、目が死んでいた。そんな中にメロさんはいた。 メロさんは別にメロというハイカラな名前ではなかったはずだ。名前なんか知らない。ただ、いつもヨレヨレの「メロディ」とかっこよく英語で書かれていたであろうジャンパーを着ていたのだ。その「ディ」の部分がベロリと剥げ落ちて「メロ」だけ残っていたから、心の中で勝手に「メロさん」と呼んでいた。それだけのことだった。 僕はパチンコ屋の開店待ちの列に並ぶことがよくあるクズだが、並んでいるときに必ずあることを考える。それは、果たして西島秀俊はこうやって開店待ちの列に並ぶことがあるのだろうかということだ。 普通に考えて、僕らと西島秀俊では住む世界が違う。西島秀俊はダンディーだ、爽やかだ、たぶんいいやつだ。普通に考えて開店待ちはしないだろう。きっとこんなところには並ばないはずだ。 しかし、その先に「絆の6(※)」があるとしたらどうだろうか。並ぶ。きっと並ぶ。たとえ僕が西島秀俊でも絆の6ならば並ぶ。それくらい絆の6ってやつはすごい。西島秀俊もイチコロだ。よし、西島秀俊といえども絆の6の前にはついつい開店待ちしてしまう、そういうことでよろしいか? (※「バジリスク絆」という歴史に残る人気台の、もっとも勝ちやすい設定である6という夢のような設定。全プレイヤーの憧れ。輝かしい未来の意) などと考えていたら目の前にメロさんがいた。 「タバコ持ってるか?」 メロさんは顔の造作は全然違うけど西島秀俊っぽい爽やかな笑顔で笑った。 「俺、もう少しで死ぬからさ、はなむけだと思ってタバコくれよ」 そんなことを言っていた。僕はタバコを吸わないので「持っていません」と答えると、すぐに後ろのおっさんに話しかけていた。 「俺もう少しで死ぬんだけど、タバコある?」 同じ調子である。どうやらメロさんはこの店の名物常連らしい。最初は、あの人もう少しで死ぬんだ、と思ったがどうやらそうではないらしい。 もう少しで死ぬと言っては他の客にたかっている。それがメロさんの手口だとサモハンキンポーみたいな別の常連おっさんが教えてくれた。 「俺たちはクズ中のクズだからよ、いつ死んでもいいんだ」 メロさんは無頼を気取ってそうも言っていた。 「なに言ってんだ、クズなのはお前だけだ」 サモハンは小さな声でそう言っていた。このサモハンはメロさんのことをあまり快く思ってないようで、別の客に絡むメロさんの姿を見ながら、苦々しい表情を見せていた。 「あいつ、もう5年くらい『もうすぐ死ぬ』って言ってるわ」 サモハンの話によると、メロさん、最初こそはガンになった、ガンが再発したと言いまくり、全身の内臓でなっていない場所はないんじゃないのという勢いでガンになったと主張していたそうだ。最初はどの常連も驚いたが、あまりにピンピンしているものだから疑いの眼差しが向けられるようになった。すると今度は死ぬ理由が変わったという。 「おもしろきこともなき世をおもしろく」 高杉晋作の句を引用しつつ、こんな面白くない世は俺から去ってやるみたいなことを仄めかすようになったそうだ。
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イカの塩辛を巡って「死ね」と小競り合いを始めたおっさんたち
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