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朝のパチンコ店で行われた、生死をかけたくじ引きと“絆の6”――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第4話>

イカの塩辛を巡って「死ね」と小競り合いを始めたおっさんたち

「そんなこと言ってるやつに限って死なねえんだよ」 サモハンはまた吐き捨てるように言った。 「俺はヨボヨボに老いてまで生きようとは思わないよ。その前に死ぬさ」 そう豪語するメロさんをなんだか複雑な感情で眺めていた。 それから毎日と言わないまでも何回か件の店の開店待ちの列に並んだが、やはり同じメンツが8人か9人くらいしかおらず、メロさんも相変わらず「もうすぐ死ぬ」などと言っていた。もちろん、サモハンはその光景を苦々しく見ていた。 何日かして、また並びに行った時に異変が起こった。常連の一人が旅行に行っていたらしく、イカの塩辛をお土産に持ってきたのだ。みんなで分けてよ、みたいなことを言っていたが、このドロドロした、どちらかというと液体寄りの物体をどうやって分配して持って帰るのだろう、と疑問に思った。 そこにメロさんがちょっと食い気味に身を乗り出した。 「俺もうすぐ死ぬからさ、冥土の土産にこれくれないか」 どうやらイカの塩辛はメロさんの大好物だったようだ。もうビンを抱え込んで離さない。メロまっしぐらである。 常連のみんながやれやれ始まったよ、という表情を見せたが、一人だけ別の表情を見せた男がいた。サモハンだ。 「テメー!  いい加減にしろよ!  死ぬ死ぬ言いやがって全然死なねえじゃねえか!」 そう言ってメロさんからイカの塩辛のビンを奪った。どうやらサモハンにとっても大好物らしい。 「うるせえ、もうすぐ死ぬんだよ。おれは死ぬ前に腹いっぱいの塩辛と絆の6(※)があればもうそれでいいんだ!」(※人気台バジリスク絆の設定6、こんな場末の店には絶対に入っていない超絶レアな設定。輝かしい未来の意) 「じゃあ死ねよ、今死ねよ、ほら死ねよ」 いい歳したおっさんがイカの塩辛を巡って死ね死ぬ言い合っているのだ。ツイッターならとっくに凍結されている。 「俺はもうすぐ死ぬさ、ただそのタイミングがつかめないだけさ!」 全身の内臓がガンになったことがあるとは思えないパワフルさでメロさんが塩辛のビンを奪い、そう言った。 「じゃあいま決めろや!  いつ死ぬかいま決めろや!」 サモハンの興奮も収まらない。なんなんだ、このおっさんたち。子供か。 騒ぎを聴きつけた店員が店の中からワラワラと出てきて二人を引き離した。店員が二人を宥める。でも興奮は収まらない。そう簡単には収まらない。 「早く決めろ! ほら決めろ! いま決めろ!」 サモハンの煽りに、メロさんが追い詰められる形になり、彼はついに決断した。 「11番……」 そう呟いたのだ。その場にいた全員が「ん?」という感じになり、メロさんの続きの言葉に注目した。 「俺のラッキーナンバーだ。11番。この店の抽選で11番をひいたら潔く死ぬ」 忘れかけていたが、僕らはパチンコ屋の開店待ちの行列に並んでいたのだ。ただ、多くの店では並んだ順に入場というわけでなく、まず入店順番を決める抽選を行うのが通例だった。もちろんこの店もその制度を採用していた。その抽選における番号が11番だったら死ぬ、とメロさんは宣言したのだ。
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サモハンの“粋な”はからいによりメロさんは……
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