更新日:2021年11月29日 07:24
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今はなきレンタルビデオ屋の“惑星”とAV、そしてケンさん――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第2話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第2話】「のれんの向こうのケンさん」 八王子郊外にあるレンタルビデオショップが廃業した。 幹線道路沿いにあったそのレンタルビデオショップは誰にも注目されることなく、建物だけを残してひっそりと息を引き取った。「旧作7泊8日」のノボリを残して忽然と消え去ったのである。 このご時世にビデオのレンタルだけで収益を上げることは難しかったらしく、ゲームの中古販売を始めたり、スマホの中古販売を始めてみたり、突如としてUFOキャッチャーやスロット台を大量に導入してゲームセンター風にしてみたり、晩年には起死回生の策とマンガコミックスのレンタルを始めるほどに迷走した末の廃業であった。 テラフォーマーズ最新刊入荷しました、の手作りPOPはさながら断末魔の悲鳴のようだった。 その、かつてはレンタルビデオ店だった建物を眺める。空白である。延長コードだけが乱雑に床に投げ出されていた。なにもない。けれどもここには確かに僕たちが夢中になった宇宙が存在したのだ。同時に、遠い日の思い出に思いを馳せた。 当時、大学生だった僕は、その宇宙に魅せられ、レンタルビデオ店の虜になった一人の若者だった。さながら若手の宇宙飛行士と言ったところだろうか。まだ見ぬ宇宙を知ることに胸を弾ませ胸をときめかせていた。 軽い気持ちで海外ドラマを見始めたら止まらなくなった。次だ、次だ、と借りていくうち、どうやら少し先の巻を見ているであろうライバルの存在に気が付いた。そのライバルにもいつの間にか追いついてしまい、借りられなくなり、早く返せよと腹を立てたりもした。 調子に乗って最新作を借りすぎ、消化できず延滞しまくって延滞料金が天文学的数字になったこともあった。 もちろん、期待せずに借りた映画がとんでもない名作で、ものすごく得した気分になったこともあった。 ここでは多くのドラマが展開されたのだ。主にドラマを借りる場所でドラマが展開されていた。この惑星は多くの人で賑わっていたのだ。 レンタルビデオ店という宇宙、宇宙には惑星がある。もちろんここにも惑星があった。派手なアクションものも、涼しくなるホラーも、ドキドキのサスペンスも、その日の気分で好きに選ぶことができたのだ。そこには様々な惑星が浮いていて、壮大な宇宙を形成していたのである。 そんな宇宙の中にあって、別格の惑星が存在した。 その惑星は「のれん」によって区切られ、文字通り他の地域とは一線を画して存在していた。そう、エロいビデオを借りることができるアダルトビデオコーナー、それこそが我々が心酔する惑星であったのだ。 ペラペラなのになぜか頼もしい「のれん」をくぐると、サバンナの草原のようなスペースが出迎えてくれた。我々はその光景に安堵する。そこには最新作の棚があって、女優物の作品や企画物の作品が並んでいる。たくさんの動物が過ごすサバンナのようでワクワクさせてくれる場所だ。 さらに先に進むと、そこはメーカーごとに分類された棚が居並ぶ。大きな河川といったところか。様々な動物が水を飲みにやってくる。ナンパ物やギャル物に強いメーカーの棚はパッケージがごちゃごちゃしているので、全体的に賑やかだ。半面、熟達した女優を多く抱えるメーカーの棚はどこか緑がかった風景画みたいな雰囲気を持っている。 その先は雑多な企画物の森だ。一本に何人もの女性が出てくるやつとか、バスツアーとかある。だいたい平均で6人は出ているかな。この本数にかけること6だからすごい人数だ。でも、必ずその中に運命の出会いはある。ここはそんな森だ。 その先は行ってはいけない。かなりマニアックな作品が並ぶ沼だ。誰か数人の琴線を弾くことだけを目的にした作品だらけだ。なぜか黒主体のパッケージが多いこの沼に入るには別の何かを捨てなきゃいけない。ここに来る人はそんな悲しみを背負っている。沼だ。 多種多様で雑多な地域を有するこの「のれんの中の惑星」、そこで僕はケンさんというおっさんに出会った。長い長い僕の人生において色々な人と出会ってきたが、エロビデオコーナーで出会ったのはケンさんが初めてだった。
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「準新作にしておけ。あれには未来と可能性がある」
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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