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エアポート投稿おじさんに、雲の上から微笑みかける今別府直之――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第3話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか――伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第3話】「空の上にあるもの」 翼だ。 角が少し丸くなった小さな窓を覗き込むと、悠々と肩を広げる銀色の片翼が見えた。 その翼は、頼もしくあると同時に少し不安を覚えるような、そんな混沌とした感情を引き起こしてくれた。飛行機に搭乗するときはいつもそういった感情を胸に抱く。楽しみなような、怖いような複雑な感情だ。 鹿児島へと向かう飛行機は混みあっていた。いつも使う格安航空は座席指定が有料サービスになっていて、500円くらい追加料金を払ってやっと指定ができるようになる。普段は指定しないものだから人気のある窓際には座れず、通路側か真ん中か、とにかく息苦しい場所に配置されていた。 せっかく安い料金で飛行機に乗っているのだ。追加料金を払ってまで窓際に座りたいとは思わなかった。ただ、この日は様子が違っていて、指定していないのに窓際だったのだ。こんな混雑している飛行機で無課金の民が窓際に座れるのだ。途方もない幸運が巻き起こったとしか思えない。複雑な感情は少しだけ“楽しい”に傾きつつあった。 もう一度、窓から翼を眺める。 比較的小型の飛行機とはいえ、その翼は立派だ。おそらく想像もできないような高度な技術に支えられているであろうその長細い物体はやはり頼もしい。 けれども、こいつが離陸直後にバキンと折れない保証はどこにもない。そしたらまあ、墜落だ。いくら頼もしいからといって彼にすべてを預けるのはいかがなものだろうか。彼にしてもかなりのプレッシャーではないだろうか。急に彼のことが不憫に思えてきた。 そんなバカなことを考えていたら、隣の座席のおっさんが、こちら側に身を乗り出してきてスマホで懸命に撮影を始めた。あまりにグイグイくるものだから、驚いて少し体を仰け反らせてしまった。それに気づいたのか、おっさんが申し訳なさそうに会釈をした。 「すいません、これから飛行機に乗るぞって写真を撮りたくて」 そう言ったおっさんに対し、頭の中で「エアポート投稿おじさん」という単語が駆け巡った。 「エアポート投稿おじさん」とは、おじさんのインスタやフェイスブックなどのSNSは空港や飛行機の投稿写真に溢れがちだと揶揄した言葉だ。中には「さてどこにいくでしょう?」と誰も興味ないのに“おじさんクイズ”を付与してくる人もいるらしく、なんなの! 興味ないわ! 死んで! と怒れる若い女性の叫びがこういった単語を作り出したとも言われている。 エアポート投稿おじさん? そんなバカなことあるか、おっさんを舐めるな! 空港以外も投稿するわ! エアポート投稿おじさんなどありえない! と憤怒しながら自分がエロい女を見るために作ったインスタのアカウントを見てみたら、見事に空港と機内から見た富士山の画像しかなく、「エアポート投稿おじさんの存在を信じていなかったのに、自分がまさにそうだった」という三流ホラーみたいな結末に震えたものだった。 「ああ、どうぞどうぞ、なんなら変わりましょうか?」 おっさんにそう申し出た。どうせラッキーで手に入れた窓際席だ。そこまで見たいのなら変わってもいい。身を乗り出すほどガチめのエアポート投稿おじさんに座ってもらえるなら窓際席も喜ぶだろう、そう思った。 「いえ、いいんです。いいんです」 そう固辞しながらちょっと無理がある体制で撮影するおっさんだが、どうにも手元がおぼつかない。撮影に慣れていないというより、どうもスマホの操作自体に慣れていないようだった。構えながら画面を操作する動作があまりにぎこちない。普段はあまり使わない人なんだろうか、という印象を受けた。 「僕が撮りましょうか?」 不慣れな操作もさることながら、僕の座席からの方が撮影しやすい。なにせ窓際席様だ。 「ありがとうございます。空港の建物と翼を入れて、これから飛行機に乗るぞーっていう感じでお願いします」
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おっさんがエアポート投稿した理由
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