仮想通貨盗まれた男の本質は投手不在の金足農業――「お金0.0」ビットコイン盗まレーター日記〈第24回〉
六本木 SLOW PLAY
井戸「おかわさん」
A「はい」
井「こないだのポンコツ、なんでしたっけ。名前」
A「うん。達也。覚えにくかったらポンコツでもオッケイ」
井「このあとどうする感じですかね。別にウチで働いてもらってる分には構わないんですけど、見た感じあの世代特有のダメっぽさが大集合してるというか」
A「そうなんだよね。努力も勉強もしないし、あのままだと箸にも棒にも引っかからない界のチャンピオンだね」
井「そうなんすよ」
A「ひとまずいろんな起業家と出会える環境で働きつつ、あれこれ怒られたり無茶ブリされたりして伸びるかなと思ってんだけど、もうちょっと根本的な段階から立派になってもらうほうがいいかもしれない」
井「といいますと?」
A「うん。実は彼の問題って経験や知識が少ないことじゃなくて、経験や知識が入ってきにくい性格ってとこにあるんだよ。自分よりも優れた人に対しても思いつきで変なコメントする癖があって、それが出ると必ず場が凍るし大抵の大人は『あーこいつもういいや』っていなくなるんだわ」
井「わかる。超わかる」
A「なんだろねあれ。思いつきで自分の話ししてドヤる癖。ただの視聴者がテレビにツッコむみたいな習慣の延長なのかな。もうああいう人はミュートされるだけなのに」
井「ってことはダメじゃないっすか」
A「そう。ダメなんよ。だけどまぁ別の点では創業者タイプでもあるともおもう。大きな声とかレスポンスの速さとか長所を伸ばしていけたら可能性はゼロじゃないとも思うんだよね」
井「たしかにいますね。空気読めないけど異常に気がきくひと。人を喜ばせるために気をつかってるっていうんじゃなくて、商魂とか習慣で反射的にできちゃうひと」
A「そうそう。それができると望みがあるんじゃないかなーって思うんだ」
井「でもね、そんなポンコツにそこまでしてやる必要もなくないっすか? 時間のムダになる確率のほうが高いでしょ?」
A「金足農業なんだよ」
井「え???」
A「あいつ自身はポンコツ要素が大集合して『負の大阪桐蔭』みたいな状況かもしれないけど、これから伸びていくかもしれない、あるいは勝ち進んでいくかもしれないという状況って。『金足農業』なんだよ」
井「おぉおぉぉおぉぉぉぉぉ…お????」
A「強いチームがそのまま勝っていくのも努力や才能の結果だからまぁいいんだけど、起業の世界ももう仕組みが出来上がったから大阪桐蔭だらけでしょ。だからもっとおもしろいストーリーが見たいんだよね。別に企業のサイズとか収益性とかじゃなくてさ、もっと世の中が明るくなるような実話がこの国には必要なんだよ」
井「なるほど…」
A「架空のお話しだったら一時的に気分よくさせるものは溢れてんだけどね。そんなのは読めば読むほど馬鹿になる」
井「でも…あれですね…」
A「なぁに?」
井「あいつが金足農業だとして…」
A「はい」
井「吉田…不在ですよね…」
A「そこにお気づきに…なりましたか…」
井「えぇ…。野球については譲れないものがあります」
A「そうでした…」
井「そうなると奴は帰宅部…」
A「えぇ。金無し農業の帰宅部…」
井「いけませんね」
A「えぇ、実にいけません。なんか他のバイトもさせよっか。ちょっと探そう」
井「はい」
クルクルクルクルー
クルクルクルクルクルクルー
井「おかわさん」
A「はい」
井「これどうっすか?体力つく、営業力つく、上下関係厳しくてインバウンドだし、歩合だし」
A「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。良い。これにしよう。じゃあオールインで」
次号へつづく(いでの・たつや) 1994年、兵庫県生まれ。元かけだし俳優、高校卒業と同時に上京。文学座附属演劇研究所卒業後、エキストラ出演やアルバイト勤務を華麗にこなし、たまたま仮想通貨で得た大金を秒速で盗まれる。Twitterアカウント(@tatsuya_ideno)
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