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恐妻家気取りという、回りくどいノロケに迫り来る“ハチャメチャ”――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第9話>

「ハチャメチャが押し寄せてくる」

「どうしたんですか? 奥さんが来るんですか?」 その問いに、山本さんは深く頷き、こう言った。 「ハチャメチャが押し寄せてくる」 なにドラゴンボールのオープニングテーマみたいなこと言っているんだ。 なんでも、先ほどの呼び出しがあまりにしつこいので電話に出たらしい。そうすると、電話の向こうに修羅がいたらしい。今から行くからそこを動くな! などと言われたらしい。本当だ、ハチャメチャが押し寄せてくる。 「とにかく匿ってくれ」 山本さんはそう言ったが、別に匿うもクソもない。そんない怖いならこの店から逃げ出してしまえばいいのだ。なのに、山本さんは逃げない。ここにいて、奥さんが怖いと言っているだけなのだ。なんでなんだろうと本気で理解できなかった。 数分すると、ハチャメチャが押し寄せてきた。山本さんの奥さん、堂々のご入店である。完全に修羅と化しており、鬼の形相とはこのことかと思うほどに怒り狂っておられた。 「ちょっときなさい!」 山本さんの耳を掴んで店の外へと連れ出す。マンガとかではよく見る表現だが、本当にこんなことする人がいるんだと思った。 「た、助けてくれ~」 山本さんは本当にこんな情けないセリフ吐く人いるんだという感じで連れていかれてしまった。さすがに奥さんは怒りすぎだし、なにやら只事じゃない雰囲気がしていたので、サンダーVのビッグボーナスを終わらせてから僕も店の外に出てみた。 「早く出しなさいよ! 書いてないでしょ!」 店の外に出ると、駐車場の片隅に置かれた物置の陰から奥さんの声が聞こえた。 「か、書いたよ……」 もう山本さんはグイグイに責められている。まあまあ、と鬼を宥めつつ割って入りつつ事情を聞いてみると、奥さんには奥さんの、怒るだけの理由があるらしい。 なんでも、隠れてこそこそと毎日のようにパチンコに来ることに対してはもう諦めたようだ。そういうものだと思っているので怒りもしない。けれども、今日ばかりは許せなかったそうだ。 娘さんが結婚する。 山本さんにはまあまあ妙齢の娘さんがいた。 その娘さんがついに結婚するという場面になって、山本さんは逃げた。おそらく認めたくないという気持ちもあったのだろう。恥ずかしいという気持ちもあったのかもしれない。婚約者の挨拶も、両家の顔合わせも、山本さんはパチンコを理由に逃げた。そんな大事な時にCR大工の源さんばかり打っていたのだ。奥さんはそれが許せなかったらしい。 「ハチャメチャなのは山本さんのほうじゃないか」 僕もついついそう口にしてしまった。山本さんは俯いていた。
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山本さんの、娘に宛てた入魂のメッセージ
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