ライフ

恐妻家気取りという、回りくどいノロケに迫り来る“ハチャメチャ”――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第9話>

山本さんの、娘に宛てた入魂のメッセージ

そして今日、奥さんの怒りは頂点に達した。 なんでも、結婚式でとある演出に使う、娘へのメッセージを提出する日だったらしいのだ。何度となく促しても書かなかった山本さん、待ちに待ってもらって今日がリミットだったらいいのだが、山本さんはそのメッセージを書かずにパチンコに逃げた。これでは奥さんが激怒するのも無理がない。 「あなたは家族よりパチンコなんだ」 奥さんが吐き捨てるように言った。 「きっと娘さんよりCR大工の源さんですよ」 僕も蔑んだ感じで言った。いよいよ奥さんが決意めいた何かを口にしようとする雰囲気が感じられた。その時、山本さんが口を開いた。 「すまんかった。どうしたらいいかわからなくてな。あいつが結婚するって言った時、嬉しすぎてどうしていいかわからなかったんだ。確かに、婚約者への嫉妬みたいなものあるけどな」 結局、山本さんは幸せだったのだ。口では、奥さんが怖いだの、家庭での居場所がないだの、そのうち離婚されるだの、自分にはCR大工の源さんしかないだの言っていたが、それらはただのノロケに過ぎなかったのだ。おっさんってのはいつもこうだ。 「悪かったよ。メッセージもちゃんと書いてきた。渡すのが恥ずかしかっただけで。あいつが生まれた日に思ったこと書いたよ」 そう言って懐から紙を出し、奥さんに渡す。奥さんは山本さんの素直な気持ちに触れたからか、目に涙を溜め、ウルウルしながらその紙を受け取った。 「あなた……」 そこにはきっと素敵な言葉が綴られているのだろう。娘さんが生まれた日、山本さんと奥さんはどれだけ喜んだだろう。立つようになった、言葉を喋るようになった、生意気を言うようになった、反抗期もあった、彼氏の存在を感じたこともあったかもしれない。その全ての過程は山本さんの幸せに寄り添っていた。 うんうん。きっといい言葉が書いてあるさ。 そう思いながら紙を開く奥さんの手元を眺める。ついに山本さんからの幸せメッセージが開かれた。 「ナスビ」 さっきメモしてたやつー! 完全にハチャメチャが押し寄せていた。 「ちがう、間違えた。こっちだって」 そう言う山本さんだったが、ふざけてるのかと怒りを再燃させた奥さんに耳を引っ張られて家へと連れ帰られてしまった。ハチャメチャが帰っていった。 おっさんたちの自虐の多くは、裏を返せば幸せなノロケである。僕もいつかこうして自虐を言えるようになるだろうか。そういったおっさん的ノロケをする幸せが来るのだろうか。 そう思いながら店に戻り、サンダーVの続きを打つと、3連Vが止まった。今はまあ、この程度の幸せでいいかと、その三連Vをいつまでも眺めていた。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

1
2
3
4
おすすめ記事