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恐妻家気取りという、回りくどいノロケに迫り来る“ハチャメチャ”――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第9話>

 昭和は過ぎ、平成も終わりゆくこの頃。かつて権勢を誇った“おっさん”は、もういない。かといって、エアポートで自撮りを投稿したり、ちょっと気持ちを込めて長いLINEを送ったり、港区ではしゃぐことも許されない。おっさんであること自体が、逃れられない咎なのか。おっさんは一体、何回死ぬべきなのか——伝説のテキストサイト管理人patoが、その狂気の筆致と異端の文才で綴る連載、スタート! patoの「おっさんは二度死ぬ」【第9話】甘き死よ、来たれ 恐妻家であることは、おっさんの間ではある種のステータスだ。 「かあちゃんが怖い」 こんなセリフを口にするおっさんはパチンコ屋、競馬場、飲み屋、そういった場所に山ほどいる。彼らは一様に少し嬉しそうにして自虐的に言う、嫁さんが怖い、と。どうもこれには幸せな気持ちを噛みしめるという心理が働いているように思う。 まず、嫁さんが怖いということはその時点で家庭を持っているということである。その事実は、パチンコ屋や競馬場など無頼を気取る人間から見たら大きなステータスだ。畏れるべき妻がいる、帰るべき場所がある、その事実は僕らクズにとってあまりに巨大だ。 そして、そうやって冗談めかして言える時点で、そこまで深刻な問題ではないことも示唆している。本当に奥さんという存在に畏怖しているならば、そうそう口にすることはできない。いつの間にか刺されるか、財産全てを奪われて離婚されるか、そんなことを本気で心配しているならおいそれと口にできやしない。 結局のところ、おっさんの言う「かあちゃんが怖い」は、形を変えたノロケなのだ。 若い連中のように大っぴらにノロケをやっても気持ち悪いものがあるので、少し照れを含んで形を変え、自虐的にやっているに過ぎないのだ。そういった意味では件のセリフは「幸せである」と読み替えることができる。ロッカールームで彼氏の愚痴を言うOLと根っこのところは変わらない。 大学生の頃に出会った山本さんもそんな感じのおっさんだった。 当時の僕は、「サンダーV」という伝説的名機であるスロットマシンのモーニングサービスのため、毎日朝10時に同じ店に並んでいた。そのサンダーVは三連Vという絵柄が止まると大当たりが確定的になるのだけど、その三連Vが見たくて毎日通っていた。 その行列で出会った山本さんはいつも「かあちゃんが怖い、パチンコに来たことは内緒だ」といった趣旨の言葉を口にしているおっさんだった。 まだ若かった僕は、その言葉を真に受け、本当に奥さんが恐ろしいんだ、そこまでなら離婚すればいいのに、不憫な人だなあ、などと思ったものだった。 ある日のことだった。いつもよりやや遅れて店に到着すると、行列の中に山本さんがいた。山本さんは僕の姿を見つけるとニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。山本さんはいつも人懐っこい。 「今日は遅かったじゃない?」 「来る途中に八百屋に寄っていたんですよ、今日、野菜買って帰るんで」 当時の僕は野菜炒めにはまっており、今日の夕食は何の野菜を炒めようか、何が安いのかと下調べを欠かさなかった。 「何が安かった?」 山本さんはなぜか野菜の話題に食いついてきた。 「ああ、ナスビとか安かったですね」 そう言うと、山本さんは懐から紙を出してメモしだした。 「ちょっと待てよ、俺も買って帰るわ。野菜でも買って帰らないとかあちゃんが怖いからな」 そう言って笑っていた。 「また黙って打ちに来たんですか。また奥さんが怒鳴り込んできますよ」 事実、山本さんの奥さんは何度か店に怒鳴り込んできていた。そのまま引っ張るようにして山本さんを連れ去る姿を何度かサンダーVから目撃したことがあるくらいだった。 「本当に怖い怖い。鬼嫁だわ。野菜で機嫌とらないとな」 そう言いながら山本さんはメモ用紙にデカデカと「ナスビ」とメモしていた。それくらい書かなくても覚えられるだろ、と思ったが、言わないでおいた。
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フィーバーの裏で、呼び出しをひたすら無視する山本さん
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