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ウンコを漏らしたことのない奴に、人の痛みを知ることはできない――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第10話>

おしゃれカフェに現れた男、ヤスノリ

 前日夜に、山本の家で徹夜で勉強と親に嘘をついて家を飛び出し、自転車をこいでおしゃれカフェに到達した。  暗闇の中に佇むカフェはすっかり完成していて、あとはオープンを待つだけだった。ただ、予想に反して、そこには誰もいなかった。整理券を求める愚民で前日夜からごった返すであろうと予想したが、そこには誰もおらず、ただ、明日の列整理に使うためのカラーコーンが何個か置かれているだけだった。  どこに並べばいいかも分からず、とりあえず入り口付近に腰かけた。入り口横には病んだウサギみたいなマスコットキャラの人形が置かれており、夜の暗闇の中で見ると一層不気味で怖かった。今にも動きだしそうだった。  1時間くらい座っていたのだろうか。もしかしてこの広い世界の中で、こんな片田舎のカフェのオープン整理券を貰うために前日夜から並ぶ愚か者は僕だけなのだろうか、もしかしてこれは愚かな行為なのだろうか、とんな愚か者なのだろうか、そんなことをボンヤリと考えながら星空を見上げていると、ザッザッと足音が聞こえてきた。  「おんやあ」  近寄ってきた男はそう言った。  「まさか前日夜から並ぶ奴なんて俺だけだと思ったのに」  どうやら並びに来た男のようだ。愚か者がもう一人いた、そう思った。  男はヤスノリといった。ずいぶんと年上のおっさんで、白髪だらけの頭髪を一生懸命茶色に染めあげた姿とだらしない無精ひげが印象的な男だった。  あまりにも暇なのだ。僕とヤスノリさんは腰を下ろして、星空を見上げながら話をして時間を潰した。自然と、なんで整理券配布の前日から並ぶのかという話になった。  「クラスの狙っている女の子が行きたがってたんで、誘おうかと思って」  僕が身の上話をすると、その言葉にヤスノリさんはニヤリと笑った。  「巨乳か?」  なぜか僕はちょっと見栄を張ってしまい。  「まあ、そこそこですかね」  と本当はメガトン級の巨乳なのに控えめに言っておいた。  あまりに巨乳を強調すると乳だけに惹かれたと思われるからだ。誰も並んでいないのに前日夜から女のために並んでるだけでも愚か者かもしれないのに、それが乳だけに照準を絞っていると思われたらさらなる愚か者になると危惧したからだ。  ヤスノリさんは言った。  「俺も狙ってる女が行きたがっててよ、整理券を確実にゲットしにきたわけよ」  愚か者がここにもいた、そう思った。  ヤスノリさんは続ける。  「その女、すげえ巨乳でよ。なんとか拝めないかと思ってよ」  さらなる愚か者がここにいた。乳だけに照準を絞ってやがる。  そんな話をしていたら、うっすらと東の空が白んできた。夜明けだ。  「誰も並びに来なかったな」  「そうですね」  「つまり、前の夜から並んだ意味がなかったということだ」  「愚か者ですね」  二人を照らす朝日が妙に眩しかった。
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漏らしても良い、そう思ったときに織田軍は鎮まるのだ
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