更新日:2018年10月09日 15:42
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ラジオのハガキ職人をブチ切れさせた僕の教訓――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第11話>

その彼に、まさかの弟子入りを果たした僕

 ある時、異変が起こった。その日は「新しく始めました」というテーマでメッセージを募集された日だったのだけど、僕はなんか庭でコオロギを捕まえる遊びを始めたとかそんな錯乱したとしか思えないメッセージを送り、当然読まれなかった。そこで恋するカムチャツカ半島がこんなメッセージを披露した。 「新しくパソコンを買い、インターネットを始めました。この番組も早くネットでメッセージが送れるようになるといいですね。リクエストはT-BOLANの『Bye For Now』でお願いします」  その時は、へえ、カムチャツカ半島のやつインターネットを始めたのか、程度に思っていたが、さらに別の日の放送で大きな進展が見られた。確か、その日は「僕たちの失敗」というテーマで、僕はうんこを漏らした話を送り、読まれなかった。またカムチャツカ半島のメッセージが読まれた。 「インターネットのメールを使っているのですが、メールアドレスもカムチャツカ半島にしようと設定したのですが、綴りを間違えて登録してしまいました。色々な人に教えた後に間違いに気づいたので今更変えられません。大失敗でした。リクエストはCHAGE and ASKAで『YAH YAH YAH』でお願いします」  このメッセージ自体何が面白いのか全然理解できず、絶対に僕のうんこ漏らしの方が面白いはずなのだけど、問題はそこではない。カムチャツカ半島はメールアドレスの@より前を綴り間違いのカムチャツカ半島にしている、そして最近インターネットを始めた。この情報を総合すると、彼のメールアドレスを簡単に突き止められるんじゃないか、そう思ったのだ。  まず、インターネットが世に出始めたような時代だったので、そこまでプロバイダーが乱立していたわけではなかった。さらに結構な田舎町だったのでアクセスポイントが利用できるプロバイダーはそこそこ限定されていた。それらを統合し、考えられるアドレスに片っ端から送ってみると、たいていは宛先不明で戻ってきたが、一つだけ返事が返ってきた。 「いつも〇〇という番組のメッセージコーナーで聴いています。単刀直入に申し上げます。どうやったらメッセージを読まれるでしょうか? ぜひとも弟子入りしたいです」  そんなことを送ったと思う。それに対するカムチャツカ半島の返信はずいぶんと好意的だった。 「読まれる秘訣はズバリ“テーマ”です。メッセージコーナーに出されるテーマも大切ですが、番組全体のテーマも考慮に入れて、話題膨らむようなメッセージを送るべきです」 そんな秘訣が書かれていた。 なるほどと思うと同時に、あのカムチャツカ半島さんとメッセージを交わしている、すごい、という妙な感情が沸き上がった。  カムチャツカ半島さんはラジオDJと同年代のおっさんらしく、おっさん心をくすぐるポイントを突くだとか、リクエストもちょっと前の曲にしておっさんの心をくすぐる、などと教えてくれた。すごいノウハウの蓄積に、このおっさんについていけば絶対にメッセージを読まれる、と興奮を覚えた。 「じゃあ先週のテーマに沿って練習してみようか、先週は『がっかりする瞬間』だったね。考えて送ってみて」 必死で考えた。憧れのカムチャツカ半島になんとか認められたい。会心の作を送りたい、懸命に考えて考え抜いた。 「うんこって我慢しているときはすごく苦しいんですけど、そのうち快感に変わるんですよ。これを一気に出したらめちゃくちゃ気持ちいいんじゃないかって。そういう快感を期待して、もう我慢できない! とケロッグっぽくトイレに駆け込んだら、大半がおならだった時、がっかりしますよね。リクエストはとんねるずのガラガラヘビがやってくる、でお願いします」  はっきり言って会心の作だった。今頃、これを呼んだカムチャツカ師匠はゲラゲラ笑い、脱帽ですわ、こんなニューパワーが出てくるなら吾輩は引退ですわ、などと貴乃花を見て引退を決意した千代の富士のように考えているかもしれない。ちょっとドキドキしながら返事を待った。そして来た。 「ふざけるな! 殺すぞ! いいか下ネタは絶対にダメだ。うんこしっこちんこ全部だめ!  読まれないし、たとえ読まれたとしても神聖な番組を穢すことになる。次使ったら殺すからな!」  めちゃくちゃブチ切れていた。  カムチャツカ半島、怒りの沸点が低すぎだろう、そう思った。確かにラジオで読まれるという観点で見た場合、下ネタは好ましくないのは分かるが、そこまで怒る必要もないと思う。ほんと、怒りやすいおっさんだな、そう思った。たまにこういう怒りの引火点が低すぎるおっさんがいるんだ。 「次やったら破門だぞ」  カムチャツカ半島はそう続けた。 「はい、二度とやりません」 「じゃあ、次は今週のお題でやる。今週のお題は『あなたの周りの怒りっぽい人』だ。送ってこい」  そんな課題が出され、ノーモーションで「お前」と返そうと思ったが、やめておいた。  それから何週かの時間が流れ、師匠との練習が続いた。相変わらず師匠は無難なメッセージを送って読まれ続け、僕は読まれなかった。それでも、なんとなく何かを掴みかけていて、漠然と読まれそうなエピソードってやつを理解してきた。そしてついにチャンスが巡ってきた。 「おい、放送聞いたか? 次はチャンスだぞ、定期的に回ってくる『僕たちの失敗』がお題だ。このお題の時はちょっと読まれる数が多いからチャンスだぞ」  師匠から興奮気味にそんなメールが来ていた。確かに、定期的に回ってくる「失敗」がテーマのときは、ラジオDJがちょっとノリノリになって読まれる数が多い。ここで今まで培ったノウハウを全部出すべき、そう思った。そして全身全霊をかけ、メッセージを完成させた。 「今朝のことなんですが、間違えて歯磨き粉でカオを洗っちゃいました。あれ、ややこしいですよね。朝から失敗して少しトーンダウン、でもスーッとして結構気持ちよかったですよ。リクエスト曲はZARDの『負けないで』をお願いします」  このメッセージを書きながら、ずっと脳内にZARDが流れていた。負けない、ゴールは近づいている、そんなことを叫びながら番組にFAXを送った。
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カムチャツカ半島から返ってきた驚愕のレス
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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