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元“極道の妻”が語る、組長夫婦の生活「夫のためなら拳銃やネタだって運ぶ」

「愛した男が極道だった」

 今、改めて聞くと思わずギョっとしてしまう鮮烈な言葉。ノンフィクション作家の家田荘子が、ヤクザに嫁いだ女性の生き様を赤裸々に描く『極道の妻たち』のキャッチコピーである。

杯と畳

※画像はイメージです(以下同じ)

 従来型のヤクザ作品では、脇役的存在に過ぎなかった“極妻”に初めてスポットを当て、社会現象を巻き起こすほどの大ヒットを記録した。実際に、修羅の世界へ身を投じた極道の男を愛してしまい、その妻となって切り盛りする女性たちは、どのような日常生活を送り、どんな場面を目撃してきたのか。

 数年前まで、関東に拠点を置く神農系団体の組長夫人だったという(現在は離婚済み)A子さん(54歳)から、知られざる極妻の実態について、詳しい話を聞くことができた。

トラブルを仲裁してくれたのが交際のきっかけに


「元夫との馴れ初めはねえ、30年数前に、ワタシが新宿歌舞伎町のクラブで雇われママをしていた時だったかな。よその店と女の子の引き抜きで揉めちゃってさ。相手はケツ持ちにヤクザがいたから、どうしようかってなったの。

 で、その時にウチの店の客だったヤクザが仲裁に入ってくれた。そのことがきっかけで交際が始まって、確か1~2年後くらいには結婚してたと思う」

 若かりし頃の馴れ初めを感慨深そうに語るA子さん。だが、現役バリバリのヤクザと結婚入籍ともなれば、暴対法や暴排条例がなかった時代といえども、両親や親族の反対がありそうなものだが。

「自分の身内には、ちょっとコワモテな金融系の人って伝えてたから大丈夫だった。お腹にはもう赤ちゃんがいて、両親も承諾してくれてたからね。それに、私の元旦那だった人は、小指の欠損もないし、刺青も入ってなかった。この業界的にはちょっと珍しいヤクザかもしれないけど、実は刺青が入ってない親分ってけっこういるのよ」

極妻

血気盛んな若手組員のまとめ役も”極妻”の仕事


 結婚から数年後、旦那さんは多くの若い衆を抱える一家の組長になっていたそうだ。A子さんによれば、その出世と比例して「極妻業も段々忙しくなっていった」という。

「自宅には常時、部屋住みの若い衆が数人いたからね。毎朝ちゃんとご飯を作って食べさせなきゃいけない。まあ、昔話で時効だから話すけど、当時は月に何度か家の大広間で賭場(非合法な賭博場)を開いてたから、その準備もある。

 あとは借金の利息を集金させたり、不動産だと”占有”ってシノギがあったんだけど、ワケありの競売物件に組員を居座らせて、持ち主に立ち退き料を要求したりとかね。それとウチはテキヤ稼業のヤクザだったから、酉の市とか、お祭りのシーンズンは忙しかったわよ」

 まだまだ躾(しつけ)の途中である血気盛んな若手組員たち。そのまとめ役を極妻が務めていたのだ。

「そうやって、若い衆の能力を見極めながら、適材適所じゃないけど、仕事を割り振る。そのへんの人選は極妻の仕事。で、例えば上がりが10万あった仕事だったら、動いてくれた若い衆には、小遣いで2万くらい渡したりね」

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「どっかに100グラム落としちゃいました!」

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