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<純烈物語>「俺、紅白に出るわ! そこまでは耐えてくれ」<第4回>

イケメン戦隊俳優たちを仕切っていたら……

 ガオレンジャーに出演していた頃、i-MODEでイケメン俳優の待ち受け画面を配信する「ビジュアルボーイ」というサイトがあった。そこで声がかかり、写真を撮られた時に運営サイドとして知り合ったのが、のちに純烈デビュー曲『涙の銀座線』の作詞を担当した鹿島潤氏。 「鹿島さんっていう人は、かつて雑誌『スコラ』で“女性の耳に息を吹きかけるとサーモグラフィで赤くなる”というようなバカバカしい記事を作っていた人だったんです。そういうのを面白がって見ていましたっていう話から、まだ草創期だったネットビジネスについても興味があったので、取材を受けながら取材していた感じだったんです。  そうこうしているうちにイケメン戦隊俳優ブームがやってきてビジュアルボーイも各俳優の事務所に連絡するんだけど、どこも取材申し込みのFAXやら電話やらがいっぱい来てもサバききれず、マネジャーとも連絡が取れないっていうんです。それで『酒井さんは横のつながりがあって顔が広いから、ウチは大丈夫ですということを説明していただいたら、ロイヤリティーを払いますよ』という話になった」  酒井は各マネジャーやタレントへマメに連絡し「こういうところから連絡が来るけど、心配ないんで受けてあげて」と伝えまくった。すると、自分は“出演”していないのに100万ぐらいの報酬が転がり込んできた。  俳優でありながら、クリエイターとしての才もあると見られた酒井は、映画やDVDの企画を次々と提示。ビジネス的なつきあいを続ける中である日、何気なく切り出す。 「ああいう俳優たちって、せっかくファンがついていても誰かが抜けちゃうとそこでブームが終わっちゃって、あとは舞台をやってある程度頑張ったら田舎に帰っちゃう。これって、もったいないよね。そんなやつらを集めてお芝居だけじゃなく、儲かって食えるようにさせたいと思うんだ。でも……それにはムード歌謡ぐらいまでやらないと、大手がモグラ叩きに来るかな」  アイドルをアイドルのままやろうとしたら“先着”がゴマンといる。酒井はこの時点で、皮膚感覚で空き家の必然性を口にしていた。  もちろんその時は雑談程度の意識でしかなかったのだが、この記憶が残っていたためのちにコンセプトをプロダクションへ提示。それがレコード会社(ユニバーサルミュージック)に上がり、プロジェクトとなって自分のもとへ戻ってきた時には「カズ酒井と東京ダンディ」なるグループ名が企画書に記されていた。
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「カズ酒井と東京ダンディ」
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