更新日:2023年04月18日 11:12
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修羅の国スナックはお客に優しい世界じゃないんだぞ――酔いどれスナック「出禁の基準」

スナックは未開の部族の集落

 ある時、その持ち込みメンヘラおやじは、自分がカラオケで入れた「残酷な天使のテーゼ」を歌っている時に、他のお客が一緒になって歌ってきたという理由で号泣した。深夜に突然泣き出すオッサンとかホラーでしかないだろ。大粒の涙をぼろぼろ零しながらメンヘラおやじは言う。「失礼だ」と。  まったくもって意味がわからない。つまみが豊富なお食事系スナックを謳っていて、生ビールはスーパードライを提供している店につまみとスーパードライを持ち込んでいるお前は失礼ではないのか。オッサンが号泣したことによってほかのお客たちは面食らってしまい、その後しばらく皆声を潜めて会話したり、腫物に触るようにご機嫌を取ったりというなんともいえない微妙な空気が漂ってしまった。  カラオケを誰にも邪魔されたくないのなら、カラオケボックスにでも行けば良いのにと思うのだが、それでもあえて様々な人の交わるスナックという場を選ぶならば、スナックの空気に馴染む心を持って遊んでほしいものだ。そもそもそれだけ好き放題やって店にも奢らず会計二千円ちょいなのだから。心の中で出禁にしておきます。  ちなみにそのオッサンはその時「もう二度と来ない」と自ら言い放って帰って行ったのだが、先日性懲りもなくのこのこやってきて、相変わらず持ち込んだビールやつまみを広げて一人パーティーをしていたので、自分の行為が周りのお客や店員からどう見られているかということを気にもかけないその精神にひたすら呆れるばかりであった。    わたしの働いている店は少し特殊だが、一般的に出禁なんていうのは、酔って絡んだり暴力振るったり、周りのお客に迷惑を掛けたら当たり前になるのだという覚悟は持っておいた方が良い。そんなことは基本的な話だ。とはいえ、周りのお客に迷惑を掛けないからといって店員には大迷惑を掛けても良いという話でもない。  女の子の多い店では、しつこくアフターに誘ったり、「今なにしてるー?」とかいうどうでもいいLINEをしたり、女の子の嫌がることは極力せずにお店の中だけで遊んだほうが良い。ちなみにわたしの場合は閉店時間になって会計が済んだあともうだうだと粘る奴はいつか生命を絶ってやろうと思っているので、その辺はよろしくお願いします。  スナックというあまり世間に開かれていない空間に入るということは、未開の部族の集落にお邪魔するみたいな感覚に近いので、空気を読んで集落ごとの掟や戒律を守って楽しんでいってほしいです。  こんなことは数年前のある晩、既にバーを四軒くらいハシゴしていて、シメのつもりで来店し、「醒ましに来た」と言ってバーボンのロックを注文する程度にはべろんべろんのぺろんコツで、隣の席で大人しくウーロンハイを飲んでいた担当編集イケダツのグラスを勝手に飲み、「こんな水みたいなん飲んでて酔えるわけねーだろ!」と絡み散らした挙句、巻き舌のべらんめえ調で『河内おとこ節』を歌いながら皆の酒を煽ったり、見知らぬオッサンの膝の上に乗ったりしてクソ客の鑑を披露していたにもかかわらず、二十代の女だからという目の曇りまくったオッサンたちのザル基準によって許容されていたわたしが偉そうに言えることでもないのだが、今はまぁ店員ですから。  それでも、わたしを雇う際にマスターが言った「客席という野に放つと危険だからカウンターという檻に閉じ込めることにした」という言葉も、イケダツの言った「ちょっと頭のおかしい人なんだと思ってました」という言葉も、心に戒めとして深く刻まれている、と思う。<イラスト/粒アンコ>
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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