スナックに出没する“変なおじさんの観察記録”の様相を呈してきた本連載に待望(!?)の女性客が登場。酔った勢いで怪気炎をあげるおじさんたちには目もくれず、若いツバメを物色する彼女のレーダーは今日もビンビン稼働中。今宵のターゲットは誰だ……。答えは、人の機微に目ざとい筆者だけが知っている。

酔いどれスナック珍怪記 第三夜 さみしい奴らPart3
「お会計お願いします!」
かれこれ40回目くらいである。数時間前からカウンターに財布は置いてあるものの、帰るつもりは毛頭なさそうなぽっちゃり気味の女性はのんびりと紫煙をくゆらせている。
「はいはい。もう帰って大丈夫だからね。というか帰って下さい……」
他のお客様のドリンクを作りながら、疲れ果てた声でマスターが言った。週に三度くらいは耳にする、毎度お決まりのやりとりだ。
「帰ってもいいですか~!?」
マスターの言葉がまるで耳に届いていない彼女は再度、よく通るアニメ声で叫ぶ。
「早く帰んなよ……」
げんなりして無言になっているマスターの代わりに、彼女の隣の常連君が苦笑いで退席を促して、ちらりと壁の時計を見た。終電はとうにない。当の本人はもう時計など目に入っていない。
彼女の名は桜田ちゃん。年齢は今年四十ちょいだが、低い身長ともちもちの肌、アニメのキャラクターのような声と奇行により見事なまでの年齢不詳を作り上げている。飲み屋界隈では「妖精」と呼ばれている彼女には、本当はポケモンのキャラクターにちなんだ変な通称があるのだが、それはあまりに有名なのでここでは記載を控えておこう。
彼女は電車に乗らなければ到底帰れない場所に住んでいるのだが、おそらく週に一、二回しか家に帰れていない。今日も、白ワインとバーボンのボトル半分をやっつけた桜田ちゃんは、歌う→「帰る」と叫ぶ→歌う→「帰る」と叫ぶの無限ループに陥っていた。
「『壊れかけのRadio』歌っていいですか~?」
ちなみに『壊れかけのRadio』をこの日すでに三回は歌っている。勝手に歌ってくれ。壊れかけているのはお前だし、何も聞こえていないのもお前だよ! と思う。
「桜田ちゃん、もうそろそろ妖精じゃなくて妖怪になってるからね。」
少し離れた席でのんびりとジンのグラスを揺らしていた葉加瀬太郎ヘアーの常連ことタッちゃんが笑った。
「妖怪の先輩なんだからなんとかしなさいよ。お持ち帰っちゃってもいいのよ?」
「謹んで、お断りします」
飲み屋特有の奇縁により、桜田ちゃんの中学時代の先輩ということが判明したタッちゃんであるが、彼も人間観察タイプなので深く関わろうとはしない。そして人の酔っ払い姿を動画にとってせせら笑っている。どうしてこんなに心の歪んだ連中ばかりなのか。客は店員を写し出す鏡だというならば、我々の責任なのかもしれないと思うと頭が痛くなってくる。闇……。