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人生で一回は、見ておきたかったアウシュビッツを訪問/鴻上尚史

「害虫」と呼ばれ殺虫剤で殺されたユダヤ人

 で、その門を入らずに、中谷さんは、「多くのユダヤ人が通った道を行きましょう」とエントツのある建物に向かって歩き始めました。  収容所に連れてこられた総数は130万人ですが、ユダヤ人は110万人。そのうちの80%、約90万人は、収容所で手続きを受けることなく、直接、ガス室に送られて殺されたのです。  ガス室では、「毒ガス」が使われたと思われがちですが、正確には、「チクロンB」という「殺虫剤」です。「殺虫剤」ですから、当然、殺傷能力は低く、密閉した空間で20分から30分、閉じ込めないと人間は完全には死ななかったそうです。 「どうして、毒ガスを使わなかったのですか?」と素朴に聞けば、経済的な問題で毒ガスが高かったことと毒ガスだと死体を片づける時にも危険だったという解説でした。  高濃度の毒ガスが残留していると、死体を片づけながら死んでしまうという可能性があったのですね。  ユダヤ人は、最初、「あいつらは害虫だ」と言われて、街中で迫害されました。それが、最後には、「殺虫剤」で殺されるという「奇妙な比喩」にゾッとしました。  いきなりガス室に送られなかった人たちは、ドイツ人らしい几帳面さというのか、見事に分類、整理されていました。  囚人服の胸に黄色い星型のワッペンはユダヤ人。赤い逆三角は政治犯。レジスタンス活動とかですね。濃い黒の逆三角形は反社会的分子。ロマ(ジプシー)などの人達です。緑の逆三角は刑事犯。ドイツの囚人が多かったそうです。紫の逆三角は、エホバの証人の信者達。そしてピンクの逆三角は、ゲイ。  この人達を、ドイツ人ではなく、主にユダヤ人の囚人が監視します。監視員の役を担ったユダヤ人は、寝る場所や食料の配分を含め、待遇が良くなりました。  囚人を目に見える形でワッペンを貼って部類し、それぞれを分断し、さらに、囚人の中で監視する側と監視される側を作り、ドイツ人ではなく、ユダヤ人がユダヤ人を監視するシステムを作り上げる。  唸るほど考え抜かれた巧妙なシステムです。「“正義”がたどり着いた場所」がアウシュビッツだといえるんじゃないかという話は、次回。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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