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安倍退陣、“言論バブル”だった左右陣営はどう変わる?/古谷経衡

実は保守的な政策を実現しなかった安倍政権

 ただ、肝心なのは、実のところ安倍はネトウヨ層が望む保守的な政策を実現したわけではないことだ。 「第一次安倍政権(’06年9月~’07年8月)が短命に終わったのは、ネトウヨ層や保守派の支持を意識し安倍の持つ右の『地金』が出すぎたためだと反省したんでしょうね。だから安倍は河野談話の見直しもせず、村山談話に至っては検討チームも作っていません。’12年の自民党政策集の中に明記された尖閣諸島への公務員常駐も反故にし、島根県が毎年実施している竹島の日式典政府主催も放棄した。 約30万票を持つ日本会議が金科玉条のごとく唱える伝統的な家族観や道徳教育にも、安倍はあまり関心がなかったですね。安倍はもう、憲法改正一本槍ですから。そもそも彼には子供がいないし、昭恵さんはスピリチュアルに傾倒してしまい、とても伝統的な『良妻賢母』とは言えない。大麻畑をバックに笑顔とか、日本会議のメンバーなら卒倒するような不道徳ですよ。 だけど応援団の皆さんは安倍の上っ面だけのファンサービスによって『やっぱり我々の味方だ』と、今まで盲信してきたのです。『月刊WiLL』の’16年8月号の特集なんて、『それでも、やっぱり安倍晋三!』ですからね」  古谷氏の推計ではネトウヨ層は200万~250万人にのぼるが、彼らのフラストレーションをなだめる役を買っていたのが安倍応援団だと言えるだろう。安倍首相は多くの保守系言論人を「桜を見る会」に招待したことが判明しているが、その中には総理との会食の栄誉に浴した作家やジャーナリストもいるという。これによって、彼らの安倍への忠誠心は深まっていったのだ。 「でも、実際には、彼らが主張していることなんて安倍はほとんど政策に反映していない。リップサービスやおもてなしを欠かさないだけです。例えは悪いですが、ストーカーの一方的な愛に、たまにメールを返してあげている状態でしょう。手も握ってもらえないしキスもしてもらえないけど、ストーカーは満足する。安倍はそういうストーカーの扱いがよほどうまかったようで、彼らは菅新総裁が誕生したこの期に及んでも『菅の次は安倍だ!』とか『安倍院政を期待!』などと言ってますからね」

反安倍で結集できた左派陣営

 一方の反安倍を標榜するリベラル陣営については、「安倍がいて楽だったのでは」と古谷氏は語る。 「民主党政権のときは、親米保守、反米保守、ビジネス右翼、経済右翼、ヤマ師などあらゆる保守勢力が、反・民主党の旗のもとで大同団結していましたが、それと同じことが今回リベラル勢力でも起きました。彼らにとっても恐らく第二次安倍政権は、結集を深めることができた黄金時代で、本音では安倍に辞めてほしくなかった人も多いのではと思います。 政治家で言えば福島みずほから蓮舫、小西洋之、石垣のりこ。そして小池百合子にかく乱された旧民主党系のひとたち。今般国民民主に残った山尾志桜里もその一派です。メディアで言えば、朝日新聞の高橋純子や政治学者の山口二郎、内田樹、アベノミクスを最初から批判してきた金子勝や浜矩子。立場としては本来まったく違う人々が反・安倍を旗印に概ね連帯できたわけです」 ただ、保守陣営では運動の核となるDHC系のネットメディアや、『正論』などの雑誌メディアがあった。しかしかつて一世を風靡した『論座』は休刊(※デジタルに移行)し、『世界』や『週刊金曜日』も部数的には風前の灯火。いまやリベラル陣営には活躍の舞台がなくなっているように見えるのだが……。 「いえ、運動の核は、リベラル陣営のほうが強い。まず日本共産党と社民党という革新系の国政政党があります。また、本当に左派陣営の核となっているメディアは部数的にも『しんぶん赤旗』でしょう。ネットで左派系メディアの影が薄いのも、革新の運動団体というものが、すでに実社会に網の目のように存在しているからです。 全国に民医連(全日本民主医療機関連合会)や民商(民主商工会)などの職能団体を抱えていたり、津々浦々の市町村に共産党議員団がありますからね。そのため右派のように、特定の民間メディアに集結していく動きは見られにくいというわけです。ネット右翼にはそういう職能団体はありません。右翼に政党なし、左翼に政党ありという状況です。ネットに右派的世論が溢れるように見えるのも、彼らに国政政党がないからです」  古谷氏の推計によれば、強固な左派思想(旧称革新系)を持つ層は400万~500万人プラスマイナス100万(おおむね日本共産党全国比例の得票)いるという。この数字はネトウヨ層の倍である。
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退陣しても安倍にすがる人々
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(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数

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