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「赤木ファイル」をめぐる三つの失敗<著述家・菅野完氏>

「被害者意識」に憑依してしまった追及側

 第二の失敗は、「赤木ファイル」の公開に期待を寄せた側が、被害者意識に憑依してしまったことだろう。「赤木ファイル」の存在が明らかになったのは、赤木氏の元上長とご遺族との対話で、元上長がその存在を示唆したことに遡る。ご遺族が赤木氏の自裁に至る経緯を知るためにそのファイルを見てみたいと思うことも、その手段として、国と佐川宣寿元財務省理財局長を相手どった損害賠償請求訴訟の中で、ファイルの公開を求めることも、被害者意識として当然であろう。そうでなければ、ご遺族の無念が晴れることはないはずだ。  だがそれはあくまでも、ご遺族の被害者意識の範囲内の話である。何も、「被害者意識の問題だからどうでもいい」と言っているのではない。その被害者意識や奪われた権利は是非とも回復されねばならない。しかしその「被害者意識」も「回復されるべき権利」も、保有するのはご遺族のみのはずだ。ご遺族が選任された代理人弁護士を除き、他の何人たりとも足を踏み入れるべき範疇のものではない。ご遺族のとられている司法手続きを第三者が支援することは当然必要だろうが、それだとしても、支援の方向性は、ご遺族が国賠請求訴訟で勝つためにだけ注がれるべきもののはずだ。  だが多くの人々がその範疇を超えて、赤木さんのご遺族の被害者意識に憑依し、それを他の目的に利用した。例えば、ご遺族以外の第三者が、麻生財務大臣を含め政府関係者に「赤木さんの気持ちがわからないのか!」と迫る行為である。ある種の「被害者利用」ともいうべき行為で、唾棄すべき行為だ。こうした行為は被害者に寄り添うように見えながら、被害者意識を利用する最も悪質な行為で、被害者の人権を踏み躙るものと言わざるを得ないではないか。

欠けていた司法プロセスに対する基礎的素養

 第三の失敗は、「赤木ファイル」の公開に過大な期待を寄せ、ご遺族の被害者意識を利用しようとした人々が、揃いも揃って、司法プロセスに対する基礎的な素養に欠如していたことだろう。  その象徴が、「赤木ファイル」公開翌日に国会内で行われた野党合同ヒアリングだろう。野党各党が財務省の役人を国会内控え室に呼び出し「赤木ファイル」に関するあれこれを聞き出そうとしたわけだが、土台、機能するはずがないではないか。財務省はこれまで散々、国会を愚弄してきた。財務省が国会質疑で答弁する内容に一切の信は置けない。こうした野党議員の思いは理解できなくもない。しかしながら、裁判の証拠資料として提出された「赤木ファイル」を振りかざしながら、「この場でこの内容を説明せよ」と財務省の職員に迫ったところで答えなど返ってくるはずがないではないか。  財務省が不誠実だからではない。裁判資料について裁判以外の場所で説明を加えるなどということが許されるわけがない。いかに財務省に非があるとはいえ、財務省の「裁判を受ける権利」が侵害されて良いはずがないではないか。いかに国会議員が国政調査権を有するとはいえそれがすでに始まった司法プロセスを凌駕できるわけもない。にもかかわらず野党議員たちは、通るはずもない無理を通そうとした。議論が発展するわけもなく、話題が急速に沈静化するのも当然の勢いだろう。  時の総理が自身の熱心な支持者に国有財産を不当に廉売し、その事実を隠蔽するため行政文書が改竄されたという森友問題とそれに付随する公文書改竄問題の経緯は、あたかも中世の辺境国家の出来事のようであり、日本がもはや近代国家として機能していないことを雄弁に物語っている。森友問題を総括せぬ限り、近代国家としての日本の再生はあり得ないだろう。  しかし、「赤木ファイル」公開前後に露呈したものは、政権側による“近代の諸原則”を踏み躙る行為ではなく、それを糾弾する側もまた、行政プロセス、司法プロセス、そして他者の人権を尊重しない面々であるというお寒い現実であった。  国の統治機構を動かす側も、それを監視する側も、この有様なのだとすれば、日本を近代国家として再出発させることは、もはや絶望的なのかも知れない。 【菅野完氏】 著述家。’74年生まれ。サラリーマンの傍ら執筆活動を開始。『日本会議の研究』は、第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞受賞
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2021年8月号

【特集1】東京五輪 敗戦の歴史に学ばない日本
【特集2】立花隆研究 「知の巨人」の虚像
【特別インタビュー】菅総理は「君側の奸」だ(元衆議院議員 亀井静香)、赤木ファイル 万死に値する公文書改ざん(元衆議院議員 福島伸享)


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