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『シン・エヴァ』を見た東大生が「あえて”説明不足”にしている」と考える理由

 現役東大生の布施川天馬と申します。学生生活の傍ら、ライターとして受験に関する情報発信などをしています。

感動的だった『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』

『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』公式サイトより

 皆さんは『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(以下、『シン・エヴァ』)はご覧になりましたか? エヴァファンの方はもちろん、そうでない方でも観たという人は多いのではないでしょうか。 『シン・エヴァ』は1990年代に一世を風靡した『新世紀エヴァンゲリオン』のリメイクである『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』4部作の最終作です。前作『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』公開から、なんと8年以上もの時を経て、ようやく公開されました。  新劇場版シリーズ3作目である『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が公開された当時、僕はまだ中学校に通っていました。それが、今や大学生です。本当に長い時間が過ぎてしまいました。『シン・エヴァ』を映画館で観たときにはその年月も相まって、本当に感動しました。

感動とともに抱いた違和感の正体

 しかし、ただ感動しただけではありませんでした。同時にある違和感を抱いたのです。それは「何をしているのかさっぱりわからないのに面白い」という感覚によるものでした。  こうした体験は『シン・エヴァ』という作品が、緻密な計算の上に成り立っているからこそ起こる現象です。  庵野秀明監督は、最低限の情報で最高の興味を引けるように、あえて「説明下手」につくっていると僕は考えています。
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『シン・エヴァ』を「意味不明」と感じたのか?
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