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モラハラ加害者が陥る“正義依存症”。他人を責めるとき「爬虫類のような目をしている」

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自分自身の真の姿を直視する勇気がない者は、かりそめの「正義」に引きこもる

昔のことを思い出すと……

 こんにちは。DV・モラハラ加害者が、愛と配慮のある関係を作る力を身につけるための学びのコミュニティ「GADHA」を主宰しているえいなかと申します。  僕自身もDV・モラハラ加害者です。そのせいでたくさんの人を傷つけ、仕事や家庭が破綻寸前になり、ようやく自身の加害行為、それを生み出す加害的な思考・価値観を自覚しました。現在は日々自分の言動を改善しながら、妻と関係を再構築させてもらっています。  この連載では、僕自身の経験や当事者会での気づきを共有していきます。職場や家庭でモラハラに苦しんでいる方々、無自覚に加害を行っている方々の参考になれば幸いです。  これまで多くのDV・モラハラ加害者と話す中で、たくさんの共通点を見てきました。その1つが「シャワーを浴びているときに昔のことを思い出して恥や怒り、死にたさがやってくる」です。

自分を追い詰める声が聞こえてくる

 僕自身もそうです。頭の中で、自分に対する声が鳴り響いてくるのです。人によって表現は色々なのですが、例えば以下のような表現がよく出てきます。 「こんなものか」 「やりきったのか」 「もっとよく考えろ」 「もっと頑張らないと」 「休んでていいのか」 「恥ずかしい」 「成果を出せ」 「死にたい」 「恥ずかしい」  食器を洗っている時、シャワーを浴びている時、ぼーっと歩いている時、自分を追い詰める声が聞こえてきます。自分の口から出てくることもあります。  僕はよく「死にたい」という言葉が自然と出てきて、「いや、死にたくない」「死にたい」とブツブツ言っていることがありました。  なんらかのアディクション・依存症になる人というのは、こういう病を抱えていることが多いと感じます。倒れるほどに予定を詰め込んだり、読みたくもないのにtwitterを開き続けたり、お酒を飲みながら漫画を読んで頭と目が限界まで疲れたら気絶するように眠る。  何もない時間を作ると、死にたくなるからです。  GADHAに参加する人の中にも、セックスやギャンブルなどの強烈な刺激によって自分の処理能力を限界まで使い続けていないと生きることに耐えられない人がたくさんいます。自己否定の感情に向き合うのが恐ろしいからです。
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「このままの自分でいてはならない」という強迫観念
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