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宿泊施設の経営者、高齢になっても“第2の人生”が送れないまま…

 もしもあの時こうしていれば……。恋愛や結婚、就職、転職、金銭関係など、過去を振り返ってみれば、誰でも後悔のひとつやふたつはあるはずだ。やり直しはきかない。我々は“経験”から学び、今を生きねばならないのである。では、市井の人々が胸に抱える「人生最大の失敗・後悔」とは? そして、その出来事から得た教訓とは? 何かしら参考になる部分もあるかもしれない——。  自営業の場合は会社員のように“定年”がないため、個々で引退時期を決めることになる。田舎の宿泊施設経営者では、70代〜80代になっても現役を続け、なかには生涯にわたって働く人も少なくないという。  地方で36年間宿泊業を営んでいる上島仁さん(仮名・70代)は宿泊施設を売却し、引退して“第2の人生”を都会でスタートさせようとしたのだが……。早まった決断をしたばかりに、うまくいかない現実がある。

70歳を過ぎても引退できない自営業の過酷な現実

※写真はイメージです。以下同(Photo by Adobe Stock)

 上島さんは60代後半から引退を考え、宿泊施設を売却するため行動に移し始めていた。 「子どもたちも自立し私たち夫婦も高齢なので、数年前から宿泊施設の売却を考えていました」  宿泊施設の後継ぎはいなかった。そこで、買い手を探すべく不動産会社のサイトに掲載。数年後の2020年、購入したいという夫婦Aが現れた。上島さんは「この人たちだったら従来通りの営業と新たな戦略を考えながら後を継いでくれる」と確信した。 「非常に熱心で何度も宿を訪れてくれて……施設自体も気に入ってくれたようでした。なので、売り手を夫婦Aに決めて、約半年間やり取りをすることになったんです」

都会で“第2の人生”をスタートさせるつもりが…

 戸建てやマンションの売却とは違い、宿泊施設となると高額だ。金融機関での融資も重要となり、審査には時間がかかる。まして、新型コロナウイルス感染症の影響が重なり「申請者が融資をきちんと返済できるのだろうか」と審査基準が厳しくなる一方だったようだ。  それでも「夫婦Aからは金融機関での融資は大丈夫と返事をいただいていた」と上島さんは話す。 「私たちは『売れる』と確信し、宿泊施設の使用物の片付けを始めました。また、車も手放し、東京での新たな生活を考えマンションも探していました」  そして、親戚や友人、お世話になった人たちへも報告したという。 「皆さん、寂しいけど年齢的に考えると仕方がない。いずれそういう時期が誰にでもやってくると温かい言葉をかけてくれました。親しい仲間たちからは数回の送別会まで開いてもらい、餞別品までくださる人も。本当にお客様、そして良き仲間に支えられてここまでやってこれたんだなぁと感謝しかありません」  残された仕事は宿泊施設の引き継ぎだけと考え、順調なやり取りが進んでいたという。しかし、夫婦Aからの返事が徐々に少なくなり心配し始めていた矢先、事態は急変した。
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半年後になって「買い取れない」と連絡
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2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。

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