おじさんはなぜ、仕事で“野球たとえ”を連発するのか…日本語学者に聞く
何気ない会話や会社内でのやりとりで、コミュニケーションや情報の伝達を円滑にするために「たとえ」はよく使われる。しかし「たとえ」は、そのネタ元を理解していることが前提となるため、おじさん世代が発したたとえが、若者に伝わっていない可能性もある。伝わらないたとえで、若者から「老害」の烙印を押されないよう、たとえのアップデートを試みるべく、若者言葉と比喩表現についての研究をしている、横浜国立大学で非常勤講師を務める日本語学者の松浦光氏に話を聞いた。
筆者が参加したとある会議後の一幕。しっかりした資料をつくり、言い回しなども練習してきたことがうかがえる素晴らしいプレゼンをしたZ世代の女性に対し、50代の男性上司が「肩出来上がってたね!」と褒めていた。30代の私にはすぐに理解できたのだが、女性には「?」が浮かび、褒められていることさえも伝わっていない様子。
それを見て筆者は、日本人のほとんどが野球に熱狂していた昭和の時代には伝わった「野球たとえ」が、今では伝わらなくなってきているのではないかと感じた。
「昭和の時代は『巨人・大鵬・卵焼き』と言われたくらい、野球は日本人に浸透していたので、野球を使った比喩表現は多くあります。しかし現代はもちろん野球ファンはいるものの、娯楽が多様化してきたことによってその比喩が伝わらない場面は増えていると思います」(松浦光氏)
とはいえ、文脈を考えれば分かるような気もするが、前述の通り意味が伝わらないことも増えてきているのは事実。今、特に意識せずに昔のまま「野球たとえ」を使っている人は、気がつかないうちにコミュニケーションエラーを生んでいる可能性があるため注意が必要だ。
「窮地を表現する比喩の『9回裏2アウト』や、窮地からの大逆転を表す『サヨナラホームラン』なども、伝わらないリスクを含んでいますね。そもそも野球が何回まであるのか知らない人もいますから」(同)
野球が大衆娯楽のトップに君臨していた時代があったことが、「野球たとえ」を広めた一因ではある。松浦氏はさらに、野球がビジネスの世界に持ち込みやすい構造をしている点も要因であると指摘する。
「ビジネスの世界では、いわゆる『戦争フレーム』という考え方が使われやすいんです。軍を組んで、司令官や武将の指揮のもと兵隊たちが敵城攻略を目指す構図は、上司からの指示によって部下たちが会社の目標や利益を求めて動くのに類似していますよね。そして、戦争が過去の記憶になった時代、野球が隆盛してきました。野球も、監督の指揮によって選手が動き勝利を目指すわけですから、ビジネスと野球たとえは『戦争フレーム』という共通点から親和性が高いといえます」(同)
お笑いの世界でも、「M-1グランプリ」に代表されるように戦いの構図が度々用いられる。これも「戦争フレーム」のひとつであるため、お笑いも「野球たとえ」が入りやすいと松浦氏。
先日、とある大喜利番組でも、その様子が見られた。例えば、様々なパターンの回答を繰り出す出演者をバカリズムは「球種が多い」と評し、王道でない回答を繰り返す場面では麒麟の川島明も「変化球が多い」と喩えていた。さらに、変化球回答に影響を受けた別の回答者が、自身の得意を見失った答えでスベると、ダウンタウン松本人志も「フォームが崩れた」と発言している。
「肩出来上がったね」は若い女性に通じてる?
ビジネスと相性がいい「戦争フレーム」とは
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Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
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