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おじさんはなぜ、仕事で“野球たとえ”を連発するのか…日本語学者に聞く

使ってもいい“野球たとえ”は?

野球 職場 言葉に対して敏感であるはずの人でさえも、伝わらないリスクを孕んだ「野球たとえ」を使っているように見えたが、松浦氏はある論文を引き合いに、一概に「野球たとえ」が伝わらないわけではないとの見解を示す。  その論文とは、1990年に芳賀健治氏が発表した『「スポーツ事象を用いた比喩表現に関する考察:スポーツと社会との類比関係を探る手掛かりとして』というものだ。そこには、122点もの「野球たとえ」が収集されており『一般語化したスポーツの比喩表現』の項目がある。  例えば「全力投球」「トップバッター」「外野」などは野球を知らない人でも理解でき、1990年当時すでに辞書(学研国語辞典)にも、野球の専門用語としてではなく一般語として載っている。こうした言葉もあることを鑑みれば、前述の松本人志らの発言も、一般語として伝わるものだといえそうだ。 さらに松浦氏は、こう付け加えた。 「先ほどはビジネスとの親和性についてお話ししましたが、『政治』の世界で使われることでも、日々ニュースとして流れてくるので、一般化しやすくなります。たとえば『続投』や『降板』もその一つですよね。野球でいうとピッチャーが投げ続けるか、交代させられるかの話ですが、1980年代に当時の中曽根総理の後継者争いのニュースが注目された時に、マスコミでこの言葉が多用されたことで一般化したと、先ほどの論文にも記載がありますね」(同)  そのように考えれば、アウトやセーフ、ヒットやキャッチボールなども、比喩という意識すらなく使えるほど一般語化しており、こうした言葉は野球を知らない相手にも難なく伝わりそうだ。

比喩をアプデしよう

 一般語化した「野球たとえ」は現代でも生存していることが確認できた。しかし、コミュニケーションエラーのリスクがあるものについては避けなければ、Z世代からの「老害認定」も免れなくなってしまう。そこで、今の若者はどんなコンテンツを比喩表現に取り入れているのかを知り、比喩のアップデートを図りたい。松浦氏にさらに話を聞く。 「今は、ゲームから比喩を持ってくることが多いですね。特にRPGです。『今日は仕事が忙しすぎて、MP減った』や、『難しい仕事クリアしたから経験値あがった』などはまさにRPGからですね。他にも『ラスボス感』などもゲームから来てますよね」(同)  確かに、そうした言葉を見聞きする機会は増えたように感じる。しかし、RPGは『ドラゴンクエスト』をはじめ日本では1980年代から存在していたが、なぜいま比喩表現に用いられるようになったのだろうか。 「スマートフォンで多くの人がゲームに触れるようになったのが一つの理由ですね。それから、ビジネスや野球が『上下関係を含んだチーム』で目標を達成するものでしたが、現代はトップダウンな上下関係は好まれませんよね。一方でRPGは、目標を達成するという行為は一緒でも、上下関係を含んだチームではなく『役割分担によって結びついたパーティ』で進んでいきます。この部分が、今の若者のマインドに合うのだと思います。最近出たばかりの国語辞典(『三省堂国語辞典 第八版』)にも、すでに『エンカウント』『経験値』『ラスボス』などゲームに関する言葉が載っており、市民権を得ていることがわかります」(同)  若い世代関わり働いていく上で、様々なアップデートが求められるおじさん世代。「野球たとえ」から「RPGたとえ」へのアップデートを、勉強としてではなく、ゲームを楽しみながら身につけてみてはいかがだろう。<取材・文/Mr.tsubaking> 《参考文献》 松井真人(1998)「スポーツとレトリック : 日本野球におけるメタファー」『藝文研究』74, 240-252. 慶應義塾大学藝文学会. 芳賀健治(1990)「スポーツ事象を用いた比喩表現に関する考察:スポーツと社会との類比関係を探る手掛かりとして」『体育・スポーツ哲学研究』12(1), 43-61. 日本体育・スポーツ哲学会. 松浦光・林智昭(2021)「事象構造メタファーからみた新規表現:「経験値」をめぐる冒険へ」『日本語用論学会第23回大会発表論文集』16, 187-190.
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
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