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いにしえのツーショットダイヤル、それは誰からも否定されない優しい世界……のはずだった

女王様を怯えさせてしまったかもしれない僕

「ほ、他にどんなプレイがしたいの? あなたの趣味、独特だから興味あるわあ」  女王様は最初のふてぶてしさが消え、少し怯えているようにも感じられた。 「本当は本命の性癖があるんです。ああ、でもこれを言ったら女王様にひかれてしまうかもしれません! 今度こそひかれてしまうかもしれません」  ジャブを忘れない。  「わたしは女王よ、たいていのことは大丈夫」  すげえ頼りになる。頼もしい。  「実はですね、僕と女王様が入れるくらいの大きな透明の瓶を用意して欲しいんです」  「透明の瓶?」  「ええ、余裕で二人が入れるくらいでかいやつです。そこに二人が入ってですね、満杯になるまでイナゴの佃煮をいれるんです」  「い、イナゴ……?」  「ええ、イナゴです」  「それでなにがどうなるの?」

僕は、イナゴの性癖をあますとこなく伝えることにした

 それは僕が聞きたいところでもあるのだけど、こうなったときの僕はもう止まらない。 「イナゴの佃煮ってのは食べ物なわけなんですけど、姿かたちはイナゴそのものじゃないですか。まさに生きている姿のまま死んでいるんです。まさに生と死の狭間。僕はその狭間の中に女王様と二人で入ってですね、生と死を同時に体験するんです。まさにDeath and ReBirthですよ。そこでは生と死の概念が曖昧になって、境界線がなくなり、グラデーションのようになるんです。つまり、死んでいるんだか生きているんだかお互いに分からなくなるんですね、その中で女王様は生きてる証として「このイナゴ」と僕を罵るんです。罵られた僕は、女王様が少しだけ生に近づいたぶん少しだけ死に近づくんです。グラデーションですから。でも、僕も「わたくしはイナゴです」と喘ぐと、そこで生を取り戻すんです。そのぶん女王様も死に近づいて、そんなことを繰り返していると、生と死が分からなくなってきてぐちゃぐちゃになるんですね。そこで周りにギッシリあるイナゴの佃煮を二人で食べるんです。ごはんがよく進む。それでですね、そこにトドメとばかりに山梨県産の……」 自分で言っておきながらわけわからないし、気持ち悪いしで、ひどいのだけど、この世界ではこれすらも受け入れられるだろう。なにせ否定のない世界だ。ツーショットダイヤルの世界、なんて優しき世界なのだろう。  「ちょっといいかしら?」  女王様が戸惑いながら口をはさむ。きっと僕を丸ごと肯定する言葉だろう。この世界は本当に優しいのだ。  「ちょっといいかしら。あなた、気持ち悪いわ(ブツッ)」  否定されることなき世界で否定されてしまった。この世界で否定される、女王様にとってよほどの気持ち悪さだったのだと思う。  切れた会話のあとにはツーツーという音だけが残っていた。  この世はなにかと否定されがちな世界だ。それだけに、否定されることない世界を大切にしたい。友人、恋人、肉親、身内、同僚、否定されることのない相手がいるのならばそれを大切に生きるべきだ。それは自分への自信につながる。ただし、否定されないからと言って傍若無人に振る舞うのではない。その否定されない世界を大切に、否定することなく生きていくことこそが大切なのだ。 <ロゴ/薊>
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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