更新日:2022年03月11日 18:32
エンタメ

平成生まれにはわからない、本当にあった裏ビデオの怖い話

【おっさんは二度死ぬ 2nd season】

「群青の桜樹ルイ」

僕らにとって青春の青さとは桜樹ルイだったのかもしれない。 土曜日の昼下がり、明日の競馬の予想をしようと競馬新聞を読み、有力馬の調教タイムをパソコンに打ち込んでいたところ、ふいにメッセージが届いた。 「桜樹ルイ」 とだけ書かれたメッセージだ。 送り主はイニシャルを登録名にしているようだ。登録した覚えはない人だけど、おそらく向こう側が連絡先と同期させた結果、電話番号から僕が登録されたのだと思う。たぶん、電話番号だけを知っているような間柄の人間だ。全くの他人ということでもないようだ。 普通は何らかのイタズラかスパムの類だろうと一蹴するところだ、なにせ「桜樹ルイ」とだけ書かれているのだ、けれども僕にとっては違った。それはまるで扉を開く呪文のように僕の記憶の蓋をこじ開けたのだ。 桜樹ルイとは時代が昭和から平成へと移り変わった直後、1990年ごろから1996年ごろにかけて活躍した伝説的なAV女優だ。当時、千本売れればヒットと言われるAV業界においてコンスタントに1万本を売っていたというのだから、どれだけの活躍だったのか想像に難くない。 当時、高校生だった僕らはやはり性的な興味や関心が最高潮に達している時期で、とにかくそういったAVを鑑賞したい欲求が強かった。けれども、当時は色々と緩い時代だったとはいえ、やはり未成年がAVを手に入れることは難しく、僕らは四苦八苦しながらAVにありついたものである。 「決めた、俺、桜樹ルイさんの裏ビデオを購入する!」 お昼休みの屋上、そこで焼きそばパン頬張ってコーヒー牛乳を飲みながら青い空を眺めていたら、隣に座っていた藤井がそんなことを言い出した。まるでアメリカに留学する! くらいの決死の決意みたいなトーンで言っていたのでちょっとビックリした。その決断のいろいろ吹っ切れたわみたいな爽快さと桜樹ルイというワードが頭の中で上手く繋がらなかった。 「そうか。ついに購入するか」 そう答えた。

「桜樹ルイさんだろ! 呼び捨てにすんな!」

高校生の僕らにとって、お金を工面し、親にばれることなく裏ビデオを購入することは、それこそアメリカ留学くらいの困難が予想された。それでも藤井はその困難に立ち向かおうとしている。僕らはこれから幾度となくこういった決意めいた契機に遭遇するのだろう。けれども、この藤井ほど全てを覚悟した腹のくくり方ができるだろうか。そう思うと茫漠とした将来への不安みたいなものが生じ始めていた。 藤井が桜樹ルイの裏ビデオに手を出すのは時間の問題だと思っていた。藤井はとにかく桜樹ルイの大ファンで、その動向を常に追っていた。僕らが「いいよな、桜樹ルイ」と言おうものなら「桜樹ルイさんだろ! 呼び捨てにすんな!」と怒り出すくらいのファンだった。 そんな藤井が桜樹ルイの、いや桜樹ルイさんのビデオを手に入れたことがあった。それはどういったルートなのか不明だけど、人から人へ渡りダビングを繰り返された代物だった。最終的に部活の先輩から500円で購入したという。ちょっとした闇取引に近い感じだったらしい。 手に入れた日の興奮は凄まじいものがあったらしく、家までの道すがら「絶対に事故にあって死んではいけない、エロビデオを所持して死んだ男になってしまう」という思いと、まるでカバンの中に恋人がいるような浮かれ気分が入り混じった複雑な感情だったらしい。 家に帰り、幸運なことに家に誰もいなかったのですぐさまVHSビデオをデッキにねじ込んで再生した。 「桜樹……ルイ……?」 そこにはたぶん桜樹ルイさんなのだろうけど、ちょっと確認できない感じの荒い映像が映し出されていた。 これは今の動画世代にはちょっと理解できないかもしれないけど、当時、映像のコピーと言えば完全なるアナログコピーが主流だった。一台のビデオデッキで再生し、それをもう一台のビデオデッキで録画するわけだ。当然ながら、ダビングを繰り返すたびに映像が劣化していく。 様々な人々の手に渡り、何度も劣化コピーが繰り返されてきた映像。元の映像もそこまで高画質とは言えない時代だ。もはや桜樹ルイさんは、個人を判別できないレベルになっていた。なんかそれっぽい肌色の塊が動いている感じだ。 それでも藤井はへこたれなかった。そこに桜樹ルイさんが映し出されているという事実が重要なのであって画質などは問題ではない、そう言い聞かせて鑑賞を続ける。なんとか桜樹ルイさんらしきものが動いている様子を鑑賞し、いよいよ絡みが始まる、という段になって突如として異変が起こった。 「TVおじゃマンボウ!」 ビデオを譲ってくれた先輩が間違えて上から録画したものだろう、ヒデちゃん(中山秀征)がけっこう高いテンションで活躍するバラエティ番組が延々と録画されていた。視聴率ランキングとかやっていたらしい。 「なんど確認してもおじゃマンボウだった。テープの録画時間の9割がたおじゃマンボウだった」 「まさにお邪魔んぼうだね」 藤井とそんな会話を交わしたと思う。けっこう粋な会話だ。
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そして、桜樹ルイさんの裏ビデオを購入する基金を立ち上げた
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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